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「知」に備えあれば憂いなし

潮田道夫の複眼時評

潮田道夫 プロフィール
東京大学経済学部卒、毎日新聞社に入社。経済部記者、ワシントン特派員、経済部長、論説委員長などを歴任し退社。現在、毎日新聞客員論説委員。内外の諸問題を軽妙な筆致で考察する「名うてのコラムニスト」として知られています。著書に「不機嫌なアメリカ人」(日本評論社刊)、「追いやられる日本」(毎日新聞社刊)など。

海底ケーブル切断はダレの仕業?
―中国とロシアは否定するけれど―2025.02.11

海底ケーブルがにわかに注目を集めている。海を隔てた国の間で通話・通信を行うため、海底に敷設したケーブルである。これが何者かによって損傷される事件が相次いでいるからだ。

最近では北欧のバルト海に敷設された回線の損傷が2件。スウェーデンとラトビアを結ぶ海底通信ケーブル、フィンランド―エストニア間の送電用ケーブルだ。

ロシアの「影の船団」の仕業と見られる。ロシアは制裁逃れのため1180隻余りのタンカーを使ってバルト海、黒海の港から主に中国、インドに原油を運んでいる。フィンランド―エストニア間のケーブルを切断したのはその船団の一隻と見られ、海底に下ろした錨を100キロメートルも引きずってケーブルを切断した。

ウクライナ戦争をきっかけに、北欧のスウェーデンとフィンランドはNATOに加盟、その結果バルト海は「NATOの内海」と化した。また、沿岸のエストニア、ラトビア、リトアニアの旧ソ連バルト三国は対露最強硬派だ。海底ケーブル切断はそうした情勢を受けてのロシアの脅しであり揺さぶりであろう。

一方、台湾の北部海域でも年初、海底ケーブルの損傷が発生した。カメルーン船籍で船主が香港の貨物船の「犯行」らしい。中国政府は否定しているが台湾当局によると、2020年以降、台湾周辺での海底ケーブルの人為的な切断は30件にのぼる。中国による「ハイブリッド攻撃」つまり武力以外の手段も含めた複合的攻撃だ。台湾有事では真っ先に標的となるだろう。

海底ケーブル網は「情報覇権」に不可欠のインフラだ。だから各国ともピリピリしている。少し古い話をしよう。英国が産業革命を主導して世界の覇権を握り、第二次大戦後米国に取って代わられるまで、その地位を維持できたのは「情報覇権」によるところが大きい。

英国は世界に先駆けてアフリカ、中東、インド、アジアに広がる植民地を結ぶ海底ケーブル網を築き上げた。それによってどの国よりも情報を早く入手し、植民地での反乱、地域紛争の動きに早期に対応することができた。

第一次大戦では英独双方がそれぞれの海底ケーブルの切断合戦を展開したが英国の圧勝に終わり、ドイツは軍事作戦に大きな支障をきたした。というのも世界中の海底ケーブルを敷設したのは英国の会社であり、どこをどう切ればいいかわかっていた。ドイツ側にはその情報がなく手探りだから勝負にならない。「ニュースの商人」ロイターによる情報操作も海底ケーブル網によって可能になった。

インターネットなど情報通信の通信量はこの10年で15倍になり、その99%を海底ケーブルが担っている。衛星通信は量としては小さい。海底ケーブルの敷設では日本のNECが世界3強の一角を占める。通信ケーブルが同軸ケーブルから光ケーブルに代替わりしたためだ。昨年7月、米国のブリンケン国務長官が突如NECを訪問し海底ケーブル事業を視察した。いったい何事だと人を驚かせたが、海底ケーブル分野で中国デカップリングが可能かどうかの瀬踏みの一環であったらしい。

2020年には第一次トランプ政権が「グリーン・ネットワーク構想」を打ち出し通信ネットからの中国排除に動いている。ナウル、キリバス、ミクロネシア連邦を結ぶ海底ケーブルの敷設で、当初中国の企業が有力だったが、米国の反対で頓挫した。米、日、豪の3か国が資金提供してネットを構築するという。

海底ケーブルを行き交う情報はSNSやネットフリックスの映画だけではない。ロシア制裁に使われているSWIFT(国際金融取引システム)は、これなしでは機能しないし、軍事情報も流れている。「中国が敷設すれば情報は洩れる」「有事にはケーブルは切断される」。それが諜報世界の常識だそうだが、日本の常識にはなっていない。ブリンケン国務長官のパフォーマンスはその点への注意喚起だったような気がする。