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「知」に備えあれば憂いなし

潮田道夫の複眼時評

潮田道夫 プロフィール
東京大学経済学部卒、毎日新聞社に入社。経済部記者、ワシントン特派員、経済部長、論説委員長などを歴任し退社。現在、毎日新聞客員論説委員。内外の諸問題を軽妙な筆致で考察する「名うてのコラムニスト」として知られています。著書に「不機嫌なアメリカ人」(日本評論社刊)、「追いやられる日本」(毎日新聞社刊)など。

ネット通販で急伸の中国勢
―米国は関税で規制に動く―2024.10.01

ネット通販の巨人、amazon(アマゾン)の急成長にブレーキがかかっている。ビジネスの成熟ということもあろうが、市場を中国発の新興勢力Temu(テム)やSHEIN(シーイン)に侵食されているためだ。

アマゾンは米国のジェフ・ベゾスが1994年に創立。急成長を続け21か国にネット市場を展開、売上げは約70兆円に達する。日本で書店がバタバタ潰れているのはアマゾンのせいもあるらしい。

そのアマゾンがこのところ足踏みしている。新型コロナの巣籠もり需要期には売上高の伸びは年率30%を超したが、2021年から失速。2023年は11.83%にまで落ち込んだ。テムやシーインのほかAliExpress(アリエクスプレス)、TikTok Shop(ティックトックショップ)などの中国勢に攻め込まれたためだ。売上高では中国勢4社を合わせても、まだアマゾンの6分の1程度に過ぎないが、その勢いは侮れない。

テムの創業者、黄崢(コリン・ホアン)は現在44歳、資産総額は469億ドル(約6兆6000億円)で中国の富豪ナンバーワンという。シーインの創業者、許仰天(クリス・シュー)も40歳と若く、いきなり米国で事業を始めている。

中国勢が爆売れの理由はなんと言っても低価格だ。日本にも上陸しているから、モノは試しでネット検索してみるといい。安いのに驚く。いくつか紹介してみよう。「フード付きスウェットシャツ カンガルーポケット付き」869円、「1pc超強力充電式トーチフラッドライト」598円、「PGMメンズプロフェッショナルスパイクゴルフシューズ」5549円、「中国の書道用筆7本セット、狼毛、広筆先、丸胴、両利き用」1682円。いずれも送料無料、最大90日返品無料だそうだ。ありとあらゆるものがあって見ているだけで面白い。

なぜこのような安売りが可能なのか。大量生産、中間業者の排除、在庫・物流コストの切り詰めなどが理由だと彼らは言っている。あのアマゾンが中国市場だけは攻略できず敗退したほどのものだ。

中国勢の間での競争も激烈だ。中国のネット通販の王者とみなされていたアリババ集団の通販サイト「淘宝網(タオバオ)」は海外客の注文は送料無料にするという。テムやシーインに客を奪われたためだ。

というわけで米国の消費者には人気の中国系ネット通販だが、米当局は警戒感を強め規制に乗り出した。テムなどが利用している小口貨物向けの関税免除措置「de minimis 免税」を見直すと発表した。米国では800ドル(約11万2000円)以下の小口貨物には関税が課されない。率は未定だが高率関税を課す。

超党派の米下院中国特別委員会によれば、特例制度を使った輸入貨物の3割はシーインとテムが占める。また、知的財産権の侵害品や新疆ウイグル自治区での強制労働による製品が含まれているという。米議会ではすでに動画投稿サイトTikTokに対し、米国からの撤退を要求する法案が提出されている。中国政府に情報が筒抜けになるという安全保障上の懸念だが、電子商取引に関してもその懸念を強めているわけだ。

ネットを検索すると(とくにX=ツイッターで)、テムやシーインに対するネガティブな情報が飛び交っている。品質が悪い、カード情報が漏えいしたなどさまざまだ。むろん、肯定的な意見もある。

ところで、日本のマスコミはテムやシーインについてほとんど報道しないが、韓国はすごい。主要紙がネットで日本語版を出しているから検索してみるといい。中央日報4月8日「アリエクスプレス・テムの裏切り…激安の指輪から基準値より700倍の発がん物質検出」、朝鮮日報7月22日「低品質な模倣品でユーザー離れ、中国アリエクスプレス・テムの衣料品、5月韓国市場取引額大幅減」など枚挙にいとまなし。多分、韓国では中国のネット通販が日本に比べよほど広がっているためだろう。日本でも米国や韓国のような騒ぎになるのか、要注目。