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「知」に備えあれば憂いなし

潮田道夫の複眼時評

潮田道夫 プロフィール
東京大学経済学部卒、毎日新聞社に入社。経済部記者、ワシントン特派員、経済部長、論説委員長などを歴任し退社。現在、毎日新聞客員論説委員。内外の諸問題を軽妙な筆致で考察する「名うてのコラムニスト」として知られています。著書に「不機嫌なアメリカ人」(日本評論社刊)、「追いやられる日本」(毎日新聞社刊)など。

乗っ取られたトランプ2・0
―ビットコインは天まで上がる?―2025.01.21

第2次トランプ政権(トランプ2・0)が発足した。ツッコミどころ満載だが、私が注目するのは政権に参加する「テクノリバタリアン」の動向である。ハイテク起業家にして原理主義的自由主義を信奉する人々だ。彼らは第一にテクノロジーの進歩で解決できないことはないと考える技術万能主義者である。そして、企業活動に対する政府の介入や規制を極端に嫌う。

その中心人物がイーロン・マスク。いつの間にかトランプ大統領の最側近となり、米政府の効率化を担当することになった。彼は言うまでもなく電気自動車のテスラ、ロケットのスペースX、衛星通信のスターリンクの創業者であり、さらには旧ツイッターを買収してXと改称し「テクノリバタリアン」の「教義」の広布に努めている。

教義という宗教用語を使ったが、彼らは宗教団体に似ている。仲間意識が強い。PayPalというデジタル決済企業があるが、その立ち上げに関わった人々がテクノリバタリアンのネットワークを仕切っている。「PayPalマフィア」と言うらしい。ボス格なのがピーター・ティール。J・D・ヴァンス副大統領の後援者、いや恩人である。ティールがトランプにイーロン・マスクを紹介したらしい。トランプ政権では公職にはつかず黒子に徹するようだ。

そのマフィアのひとりデビッド・サックスがトランプ政権の暗号資産(ビットコインなど)政策の責任者に就任する。トランプは2021年、暗号資産を「詐欺のようだ」と言っていたのに、大統領選以降にわかに熱心な暗号資産推進派になった。テクノリバタリアンに折伏されたのである。

シリコンバレーなどの起業家はもともとリベラル派であり民主党の支持者だった。それがバイデン政権を経て続々とトランプ支持に鞍替えしていった。民主党が「テック支配」を警戒し、アマゾン、マイクロソフト、メタなどを独占禁止法違反で訴え、さらにはデータプライバシー規制の導入などした結果である。つまり、民主党はテクノリバタリアンの敵になったのだ。

しかし、トランプ大統領とテクノリバタリアンの連携は政権の安定性、信頼性を傷つけかねないと思う。それがあらわれているのがトランプの暗号資産への急激な傾斜である。

マネーは銀行の信用創造(貸し出し)によって増殖する。このためインフレを初めから内蔵している。さらに政府・中央銀行にコントロールされている。リバタリアンはこれを嫌う。証拠はないがビットコインの発明者はリバタリアンだったのではないか。ビットコインの宣言「信用ではなく暗号学的な証明に基づく支払いシステムをつくる」にそれが読み取れる。つまり、暗号資産は政府に捕捉されず追跡されることもない、リバタリアンにとっての夢の通貨なのだ。

昨年末時点で、イーロン・マスクの総資産は世界ナンバーワンの4320億ドル(約67兆円)。トランプの選挙キャンペーンの間に、イーロン・マスクの資産は倍増した。ちなみにアメリカのIT起業家上位10人の資産を合計すると約2兆1000億ドル(325兆円)にもなる。これはカナダのGDP2兆1379億ドルに匹敵しイタリアの2兆120億ドルを上回る。

トランプ大統領は「ビットコイン戦略準備金」を創設するという。ビットコインを「デジタルゴールド」として位置づけ、5年間でビットコインの総供給量の約5%にあたる最大100万ビットコインを戦略的に備蓄する。証券取引委員会(SEC)の新委員長もビットコイン推進派にすげかえた。ビットコイン相場は天まで上がる?

そうそう、トランプ大統領は「リバタリアン党」の全国大会で昨年5月、大統領になったら終身刑で収監中のロス・ウルブリヒトを即釈放すると述べ喝采を受けた。麻薬や銃の不法取引の場になっていた闇サイト「Silk Road」の創設者である。リバタリアニズムに乗っ取られた感があるトランプ2・0。暴走注意。