潮田道夫の複眼時評
潮田道夫 プロフィール |
東京大学経済学部卒、毎日新聞社に入社。経済部記者、ワシントン特派員、経済部長、論説委員長などを歴任し退社。現在、毎日新聞客員論説委員。内外の諸問題を軽妙な筆致で考察する「名うてのコラムニスト」として知られています。著書に「不機嫌なアメリカ人」(日本評論社刊)、「追いやられる日本」(毎日新聞社刊)など。 |
トランプ当選なら円安是正?
―そうはならないワケの数々―2024.07.21
直接対決のテレビ討論でバイデン米大統領が大失敗し、トランプ再選の公算が強まっている。「ほぼトラ」かもしれない。世界の主要国のほとんどがため息をついていることだろう。トランプは何をするか予測不能。バイデンがずっといい。日本も例外ではない。しかもトランプと親密だった安倍晋三元首相が暗殺されてしまった。安倍元首相に代わるパイプはない。
ただ、ひとつだけいいことがあるそうだ。「トランプなら円安が是正される」そうである。1ドル=115円などという説もある。本当かね? 結論から先にいえば「そんなことにはならない。円安は続く」である。
トランプはそれらしいことを言っている。4月に円安が進んだ際「米国にとって大惨事であり、バイデン政権が放置しているのはけしからん」とドル高を批判した。「大統領時代、私は日本と中国に通貨安にはさせない、と主張してきた」と。
トランプ再選の場合、財務長官かもと言われているライトハイザー前米通商代表部(USTR)代表らがドル高を問題にしているそうだ。ライトハイザー氏は2023年に出版した本の中で、人民元や円に対してドルは過大評価されており「農業や製造業に打撃を与えている」と述べている。
しかし、ドル高を問題視する見方は米国では極めて少ない。トランプにしても対中戦略を語る際、わかりやすいから言っている「決まり文句」であるに過ぎない。対中制裁関税はかけても通貨をいじることはしないだろう。なぜなら「ドル高は米国の利益」だからだ。
米国は昔から、稼ぐ以上に消費する国であり、足りないカネは海外から借りて賄っている。23年の経常収支は8188億2300万ドル(約130兆円)もの赤字である。これでやっていけるのは、調達金利より高く運用できているからである。銀行は預金を集めそれを運用して大もうけしている。あれと同じ。そしてドル高は米国が世界から信用され、金繰りがうまくいっている証しなのだ。ドル安は困る。
財務長官候補としてはライトハイザーの他に、ヘッジファンド業界の大物ジョン・ポールソン(07年サブプライム金融危機で大もうけ)、同じくヘッジファンドの大物スコット・ベッセント(元ソロスファンドの運用責任者)、大富豪のジェフ・ヤス(トランプへの献金額ナンバーワン、TikTokの禁止に反対)などの名前が挙がっているが、ドル高反対派はいない。
そうして何よりも円安(ドル高)の根本原因が日本自身にあり、それは一朝一夕に解消できるようなものではないからだ。
第1に指摘すべきは日本企業の海外進出だ。貿易摩擦を契機に米国や欧州に自動車メーカーが続々と現地工場を建てた。関連する企業も後を追った。アジア諸国にも進出した。労賃が安い。ユニクロの工場は日本にはない。海外で生産するからユニクロは大もうけできる。
こうしていまや貿易収支は激減し、それどころか10年以降は赤字基調になった。しかし、海外に投資して得た収益が「所得収支」として日本に還流した。それによって経常収支は黒字になった。円高要因だ。しかし、今日、企業は海外で儲けた収益を国内に戻さず、海外での再投資に振り向けるようになった。これがしつこい円安要因になっている。
第2に「デジタル赤字」である。日本は米巨大テック企業の「GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック=現メタ、アマゾン)」のネット広告やクラウドサービスに巨額のカネを支払っている。この「デジタル赤字」が昨年、約5.6兆円にもなった。第3に原発の稼働停止でLNGの輸入が拡大し貿易収支が悪化したことが響いている。
神田真人財務官の私的懇談会が「円安是正のため原発再稼働を」を提案して話題になったが、それに限らず日本を投資したくなる国にしないことには円安は続く。「日本に魅力がなければ円の価値は下がるに決まっている」(同財務官)のである。