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「知」に備えあれば憂いなし

潮田道夫の複眼時評

潮田道夫 プロフィール
東京大学経済学部卒、毎日新聞社に入社。経済部記者、ワシントン特派員、経済部長、論説委員長などを歴任し退社。現在、毎日新聞客員論説委員。内外の諸問題を軽妙な筆致で考察する「名うてのコラムニスト」として知られています。著書に「不機嫌なアメリカ人」(日本評論社刊)、「追いやられる日本」(毎日新聞社刊)など。

令和のコメ騒動はなぜ?
―元凶は減反による生産調整―2024.09.11

「令和のコメ騒動」だそうである。テレビのニュースを見ると、スーパーからコメが消えたと騒いでいる。大阪の吉村洋文知事は政府のコメ備蓄を放出せよ、と要請した。農水大臣の答えは「もうすぐ新米が出るからその必要はない」。

わが家のひいきは山形産の「つや姫」だ。たくさんは食べないから2か月に一度、アマゾンに5キロ入りを注文していた。いったいいくらで買っていたか履歴を見ると、1月に5キロ2436円で購入していた。3月の分は2600円。5月の注文は2727円。だんだんと値上がりしている。7月に再注文しようとしたら「品切れ」だった。スーパーなどの店頭でも似たようなことが起きていたのだろう。

こうした混乱が起きた理由として二つ言われている。「猛暑でコメの出来が悪かった」「インバウンドで予想以上にコメの消費が増えた」。しかし、2023年産米の作況指数は「101」。これは豊作ではないが例年並みということだ。それでこんな品不足になるだろうか。

コメ不足で大騒ぎとなった1993年の場合、作況指数は75だった。ここまで悪いと政府備蓄を放出しても200万トンも足りなくなった。深刻なコメ不足。今回はそこまで酷くない。インバウンドにしてもさほどのインパクトはないはずだ。月300万人が来日して1週間、日本人並みにコメを食べたとしても消費量は0.5%増えるに過ぎない。はて?

ひとがアレコレ言う中で、山下一仁・キヤノングローバル戦略研究所研究主幹の解説が最も説得的であった。一言でいえば「政府の減反政策のツケ」論だ。減反のせいで日本のコメの需給はいつもタイトになっている。需給がちょっと動いただけで品不足が起きる。構造問題なのである。

今年もコメの値上がりが生じるなか、消費者が買いだめに走ったのが、スーパーからコメが消えた最大の理由らしい。テレビでコメが棚から消えたのを見れば、買いだめに拍車がかかる。インバウンドの些細な需要の増加もそれを後押しした。

さて、農水相のいう通りアマゾンにも新米が出てきた。これで騒ぎも落ち着くだろう。ただし、ずいぶんな値上がりだ。24年産山形県産つや姫5キロ、4632円也。高いこと。

しかし、山下氏の指摘する「減反」だが、13年安倍晋三政権が5年後の廃止を決定したはずだ。当時、大改革として大いに喧伝された。あれはどうなったのか。政府は減反による「生産数量目標」は廃止したが、実際は減反に対する補助金を出しており、生産者は農協の指導で減反を継続している。それに要する国費は年間3000億円を超す。

なぜそういう状況が続いているのか。言うまでもなくコメの価格を高く維持するためだ。これによって農家の経営は安定し農協も繁栄する。農村を地盤とする自民党に票が入る。しかし、この生産調整で米価を釣り上げ続ける限り、コメの流通市場は慢性的な品薄状態が続き、今回のような騒ぎが繰り返されるだろう。

不思議なことに、国は食糧自給率が低いことを嘆き自給率の引き上げを強調するのに、なぜかコメに限っては作付け面積も生産量も増やそうとせず、逆の政策をとってきた。日本の国土、気候を考えたとき、自給率を上げようと思えばコメの生産量を増やす以外、策は存在しないのに。

山下氏らによれば、日本は現在、年間700万トンの米を生産しているが、減反をやめれば1700万トンの潜在生産力がある。国内で700万トンを消費、残り1000万トンは輸出となる。難しく見えるが農地の集約を進め多収穫品種の作付けなどを進めれば可能だと説く人もいる。

ともあれ、今回の「コメ騒動」が明らかにしたのは日本のコメの生産・流通がいかに脆弱かということだ。食糧安保を語る人は多いが、農業保護を強化しろと言うだけ。方向違いである。まず、減反政策を真に廃止してコメの増産にカジを切り直す。そこから始めなければならない。