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「知」に備えあれば憂いなし

潮田道夫の複眼時評

潮田道夫 プロフィール
東京大学経済学部卒、毎日新聞社に入社。経済部記者、ワシントン特派員、経済部長、論説委員長などを歴任し退社。現在、毎日新聞客員論説委員。内外の諸問題を軽妙な筆致で考察する「名うてのコラムニスト」として知られています。著書に「不機嫌なアメリカ人」(日本評論社刊)、「追いやられる日本」(毎日新聞社刊)など。

「8月は危ない月だ」
―今年もなぜか大波乱―2024.08.21

株式市場が大波乱に見舞われている。その理由として(1)米国景気に先行き不安が生じてニューヨーク株式が急落した(2)日本銀行の利上げが「想定外」だった(3)円高になったので海外投資家が日本株を売った、などがあがっている。

気になるのは今後の見通しだが、専門家の意見は分かれている。慶應大学の小幡績教授(財務省OB)は「バブルが崩壊した。多少戻っても、バブルの崩壊過程の相場に過ぎない」と言っている。つまり、新高値追いの大相場は終わったと言うのである。たぶん、そうなのだろうと思う。

アベノミクス・クロダノミクスは「異次元の金融緩和」による円安・株高で国民を幸せにできると説いた。だが、それが無理であることが判明した。金融政策でバブルを起こしても、日本経済の実力(潜在成長率)を高めることはできないのだ。それが国民レベルで理解され、浸透するのに10年かかった。

日本復活に不可欠の第一歩は「金利のある世界」だから、植田日銀は粛々とその作業を開始した。ただ、政策金利を0.25%引き上げただけでこの騒ぎだ。クロダノミクスの罪の深さがわかる。しかし、この政策を許容してきたのはわれわれ自身だから、修正過程での波乱も許容するほかないだろう。

しかし、今回はそういうムツカシイ話はやめて、やや毛色の変わった話をしてみたい。このコラムの執筆者でもあった歌川令三さん(元毎日新聞編集局長)が「キミ、8月には気をつけろ。8月は危ない月なんだ」と折にふれ言っていのを思い出した。

歌川さんはワシントン特派員時代の8月15日、<ニクソン・ショック>に遭遇する。ニクソン米大統領が突然、金とドルの交換停止を発表し、ブレトン・ウッズ体制が事実上崩壊した。これにより、固定相場制は終り、変動相場制へ移行する。お盆だから夏休みをとっていた記者が多かった。しかも「ドルと金の交換停止」の意味が分からない。困ったそうである。ともあれ、日本はこの日から「円高」だと言っては天を仰いで泣き、「円安」だと言っては「日本売り」におびえる日が始まる。

ニクソン・ショックの他に何があったか、挙げてみよう。

▼<アジア通貨危機>これは正確には8月ではない。1997年7月、ヘッジファンドに空売りを仕掛けられたタイ・バーツが暴落する。通貨危機はマレーシア、インドネシア、フィリピン、韓国などアジア各国に広がった。韓国はIMF(国際通貨基金)の管理下に置かれ財閥再編が進んだ。

▼<ロシア財政危機>1998年8月17日、ロシア政府は財政危機に陥り、ルーブルの切り下げと国債のデフォルト(債務不履行)に追い込まれた。米国のヘッジファンドLTCMは足抜けできず倒産。

▼<リーマンショック>2007年8月、フランスのBNPパリバが3つのファンドの凍結を発表。米国のサブプライム危機が表面化した。リーマンブラザーズの倒産は9月15日。

▼<三光汽船倒産>1985年8月13日。負債総額は戦後最大の5000億円。当時経済記者として何か月も取材を続け、ようやく記事になった。1面トップのはずだったが御巣鷹山日航機事故が発生して紙面は事故一色。三光汽船はベタ記事に追いやられた。

しかし、なぜ8月なのか。どうも「バカンスシーズン」であることが否定できないらしい。金融市場の参加者(トレーダーやアナリストなど)の多くが休暇を取っているので、市場の流動性が低下し、通常よりも価格変動が大きくなりやすい。逆に8月は国際的な協議が比較的少ない時期であり、ニクソンショックの場合、政権は急激な政策変更に対する国際的な反応を抑えることができると考えた節がある。

いずれにしても今回の大波乱で「8月は危ない」が拳々服膺けんけんふくようすべき経験則であることが証明された。知って何かトクするわけではないが、暑気払いのネタぐらいにはなりませんか。