潮田道夫の複眼時評
潮田道夫 プロフィール |
東京大学経済学部卒、毎日新聞社に入社。経済部記者、ワシントン特派員、経済部長、論説委員長などを歴任し退社。現在、毎日新聞客員論説委員。内外の諸問題を軽妙な筆致で考察する「名うてのコラムニスト」として知られています。著書に「不機嫌なアメリカ人」(日本評論社刊)、「追いやられる日本」(毎日新聞社刊)など。 |
トランプ関税は諸刃の刃
―焦点は中国とメキシコ―2024.12.01
トランプ次期大統領の名言のひとつにこういうのがある。「信頼や愛を除けば『関税』は辞書の中にある最も美しい言葉である」。トランプは関税が大好きだ。大統領選ではこう約束した。「米国のすべての輸入品に10%もしくは20%の普遍的基本関税を課し、さらに中国製品には60%の関税をかける」。彼のスローガンである「アメリカを再び偉大な国に!(Make America Great Again=MAGA)」を実現する強力な武器だ。
本気だろうか?。中国だけでなく日本やNATOなどの同盟国にも一律10%あるいは20%の追加関税をかけるのか?。米ウェルズ・ファーゴ銀行によれば、中国に60%、その他の国・地域に10%の一律関税を課して同じ措置を報復された場合、2025年の米国の実質経済成長率は、国際通貨基金(IMF)の予測3.2%から0.6%に大きく落ち込むという。米国の利益を追求したつもりが不利益をこうむるおそれが大だ。トランプ関税は諸刃の刃である。
しかし、トランプ支持者たちは中国を筆頭に海外製品が津波のように押し寄せるせいで賃金が下がり、失業が増えたと信じている。高関税で防波堤を築け、だ。厄介なのはこうした保護主義にも一抹の真実が含まれていることだ。
ノーベル経済学賞受賞のサムエルソン教授の教科書『経済学』は、経済発展の最大の推進力は自由貿易だという。自由貿易は「比較優位」の原理に依拠する。サムエルソン教授によれば「比較優位の正しさは誰も否定できない強力なもの」だ。それぞれの国は得意分野にカネやヒトを集中して産物を輸出せよ。不得意分野は輸入せよ。これが利益を最も高くする処方箋だ。
ところが、政府が特定の産業に補助金や優遇税制を提供し比較優位を人為的に作り出す国が出てきた。ブラジルの比較優位はコーヒーやゴムにある。しかし国が航空機産業にテコ入れし世界第3位の旅客機メーカー、エンブラエル社をつくりあげた。そして言うまでもなく中国。国と企業が一体化した国家資本主義。中国製EVはテスラさえ駆逐する勢いだ。素朴に自由貿易を唱えていれば中国にしてやられる。自由貿易の時代は終わった。
トランプ語録にはこういうのもある。「私が政権を取ればドイツ車メーカーが『アメリカのメーカー』になる」。ドイツに関税で脅しをかければ、フォルクスワーゲンやベンツは工場を米国に移す。つまり、ドイツ車がアメリカ車に転じるというのである。
ということであるが、トランプの関税政策には強弱が出てくるだろう。日本はそれほど酷い目にはあうまい。日本経済はもはや米国を脅かす存在ではないからだ。第1次トランプ政権のとき、自動車を標的にされた。日本車メーカーはすでに米本土に工場を移し輸出は激減していたが、彼らは無知だった。安倍晋三首相がねちっこく説明したおかげでトランプもマト外れを悟ったのだが、手ぶらで返すわけにいかない。そこで農産物に泣いてもらった。牛肉、豚肉、小麦、バター・チーズ、ワイン等の関税を下げ輸入を拡大することでおさまった。今回もゼロ回答はできないにしても大事には至るまい。
関税問題では中国とメキシコが焦点だ。政治資源を日本につぎ込む余裕はない。中国に関しては見通し難というほかないが、実はメキシコがかなりの難問なのである。輸入額だけで見れば、いつの間にかメキシコが中国を抜いてトップなのだ。
北米自由貿易協定(NAFTA)を機に世界の自動車メーカーはこぞってメキシコに進出、自動車の対米輸出基地とした。トランプは大統領選でメキシコ政府が米国への移民と麻薬の流入を止めない限り、メキシコからのすべての商品に25%の関税を即座にかけると宣言している。不法移民の流入阻止はトランプ当選の原動力だ。メキシコからは車だけでなくヒトの流入も止めなければならない。難しさは対日交渉の比ではない。