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「知」に備えあれば憂いなし

潮田道夫の複眼時評

潮田道夫 プロフィール
東京大学経済学部卒、毎日新聞社に入社。経済部記者、ワシントン特派員、経済部長、論説委員長などを歴任し退社。現在、毎日新聞客員論説委員。内外の諸問題を軽妙な筆致で考察する「名うてのコラムニスト」として知られています。著書に「不機嫌なアメリカ人」(日本評論社刊)、「追いやられる日本」(毎日新聞社刊)など。

「もしトラ」はあるのか?
―米大統領選のツイッターが熱い―2024.06.11

トランプ前大統領といえばツイッター。イーロン・マスクが買収して「X」に改称したが、みんな相変わらずツイッターと言っている。そのツイッターにトランプは飽きもせずに投稿を繰り返す。その中から二つ紹介しよう。ツイッターに見るトランプの選挙戦である。登場人物がいずれも個性的。

トランプの投稿その1。「ビル・ゲイツとヒラリー・クリントンは『トランプが2024年選挙で大統領になったら米国を出る』と言っている。どう思う?」

そんなこと二人とも言っていない。二人はトランプの天敵だから、トランプは平気でウソをつく。ゲイツはマイクロソフトの創業者。世界有数の大富豪で財産をマラリア撲滅に注ぎ込んでいる。そしてトランプの公衆衛生への無知を公然とバカにする。トランプも負けていない。大統領のときこう言った。「ゲイツが援助している分野は政府援助を削減する」。

投稿その2。「ファウチ博士とジョージ・ソロスが『トランプが大統領になったら米国から出ていく』と言っている。どう思う?」。

これもデタラメ。ファウチ博士は高名な免疫学者でホワイトハウスのコロナ対策をトランプ時代からずっと指揮してきた。トランプは大統領のとき、コロナなんて大した病気ではないと言ってファウチ博士と対立した。「ファウチ博士などの愚か者に国民は飽き飽きしている」。

ジョージ・ソロスの話はさらに興味深い。ソロスは英ポンドを通貨切り下げに追い込んだヘッジファンドの大物である。資本市場の英雄。なのにマネー資本主義を批判してやまない。ノーベル経済学賞のクルーグマンはこう分析する。「彼は『私がこれ以上儲ける前に、私の行動を止めてくれ!』と悲鳴をあげているのだ」。

ソロスは矛盾の人だ。ありあまるカネを左翼の政治家にバラまいている。2015年以降、特に地方検事長選に力を入れ、極左の検事を75人も誕生させた。「ソロスマネー」の威力だ。

その中の一人がニューヨーク・マンハッタン地区検察のアルビン・ブラッグ検事長。トランプが不倫相手に支払った口止め料疑惑の担当検事である。法理的には重罪に問うのが難しい案件だというが、ブラッグ検事長はゴリゴリやって法廷に持ち込んだ。トランプがソロスを嫌うのは当然だ。

相場の神様のようなソロスだが、実はトランプ憎しのあまり大損している。2016年の大統領選でトランプが勝利したのを見て「相場は下げる」と判断し売りに回った。10億ドルを失ったという。

面白いのはソロスのファンドマネージャー、スコット・べセント。ソロスと逆だ。「市場は今や、11月5日(大統領選投票日)にトランプが勝利して市場寄りの政策をとる可能性を当てにしている。私はトランプラリー(トランプ効果による株価上昇)に賭ける」と表明した。トランプは集会で「ウォール街の偉大な予言者の1人、スコット・ベセント氏に感謝する! 株が上がっているのは私のおかげだと言っている」。トランプ政権が誕生すれば財務長官の有力候補だそうだ。

米国金融界の大物の話が続いたが、最後にもう一人。英フィナンシャル・タイムズによれば米国の企業経営者の多くは「トランプ政権はみんなが言うほど悪いものではなかった」と考えているのだそうだ。米銀最大手JPモルガン・チェースのジェイミー・ダイモン最高経営責任者(CEO)の話を紹介している。「私の会社はどちらが勝っても存続するし繁栄する」。

日本ではいま「もしトラ」つまり「もしトランプが勝利したら」を意味する新語が生まれ、どうなることかと戦々恐々としている。自民党の麻生太郎副総裁がニューヨークに飛び、トランプに「よしなに」と挨拶して帰ってきた。気持ちはわかるが、はてどうだったのか。JPモルガンのダイモンCEOのごとく「どっちでも大丈夫」とドーンと構えていられないものかしら。