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「知」に備えあれば憂いなし

潮田道夫の複眼時評

潮田道夫 プロフィール
東京大学経済学部卒、毎日新聞社に入社。経済部記者、ワシントン特派員、経済部長、論説委員長などを歴任し退社。現在、毎日新聞客員論説委員。内外の諸問題を軽妙な筆致で考察する「名うてのコラムニスト」として知られています。著書に「不機嫌なアメリカ人」(日本評論社刊)、「追いやられる日本」(毎日新聞社刊)など。

石破首相の経済政策は?
―岸田継承と脱アベノミクス―2024.10.21

自民党総裁選はなかなかドラマチックな展開だった。1回目の投票で高市早苗氏が首位だったのが予想外だったし、さらに決選投票で石破茂氏が議員票を大きく伸ばして逆転勝利したのにはもっと驚いた。

金融市場が激しく反応した。高市優勢を受けて外為市場では円安が進み、株式市場も急伸した。ところが石破勝利に決すると為替は3円以上も円高に振れ、日経平均株価は夜間取引で2000円も急落した。石破ショックというそうだ。市場はケガ人続出。とくに少額の証拠金で多額の取引ができる為替のFX取引。家庭の主婦にも広がっており青くなった人が多いらしい。

この大波乱の理由は明らかで、高市氏がアベノミクス推進論者であるのに対し、石破氏は金融タカ派と思われているからだ。高市氏は金融政策について「金利をいま上げるのはアホやと思う」と言い放った。総理総裁となれば輪転機をゴーゴーと回して日銀券を刷りまくっただろう。円安、株高必至。その積み上がった期待が石破勝利で一瞬のうちに瓦解した。

市場は臆病である。悪材料には激しく反応する。嫌われたのは「金融所得の課税見直し」だ。金融所得つまり株式の値上がり益等は分離課税20%。所得が増えると税の負担率は上がっていくが、1億円を超えるとこの優遇税制のおかげで負担率は下がり始める。金持ち優遇である。

岸田前首相も当初、金融所得課税の見直しを言っていたが、株式市場の反乱にあって封印してしまった。石破新首相も同様だ。新総裁に選出された夜の暴落に恐れをなして政策は凍結。たぶん、解凍されることはない。

市場が嫌うのは「不確実性」であり石破首相にはこれが付きまとう。「アジア版NATO」とか「日米地位協定の見直し」とか、不案内なテーマだから良し悪しは言わないが、素人目にもスジが悪い。平地に乱の気味がある。本気なら突っ走ればいいが、それはしないらしい。

ここでは石破首相の経済政策「イシバノミクス」を吟味してみたいのだが、実のところよく見えない。国会では「賃上げと投資が牽引する成長型経済」を目指すと表明した。中身は総選挙後に明らかにするという。しかしながら、これまでの言動をまとめれば、「岸田路線の継承」と「脱アベノミクス」の組み合わせであるらしい。だとすれば市場が嫌うほどのことはない。

キシダノミクスによって(1)日経平均株価は34年ぶりに最高値を更新(2)新NISAで家計の預貯金を投資に向けさせた(3)賃上げが進んでいる(24年春闘の賃上げ率は5%超)(4)植田和男氏を日銀総裁に任命、マイナス金利の解除、17年ぶりの利上げが実現した。なかなかの成果ではないか。とりわけ(4)である。つまり脱アベノミクス。

アベノミクスが掲げたデフレ脱却は政策目標としておかしくない。しかし、金融政策でそれができると考えたことが間違いだった。デフレの原因は人口減少など複合的なものなのに、日銀の金融緩和の不足を原因とした。だから異次元の金融緩和に走ったが、2年で済むはずが目標未達のまま漫然と10年も続け、副作用で円安が起きている。一番の問題は金融緩和や財政支出がなければ生き残れない企業やプロジェクトだらけになったことだ。それによって潜在成長率(=日本経済の実力)が低下した。株価は上がったが国民の生活水準が下がった理由である。

まともな経済学者やエコノミストは全員がそう言う。しかし、分かりにくいから聞く耳を持たない人が多い。それに比べてアベノミクスは分かりやすい。高市人気はそう言う人々に支えられている。決選投票で石破支持に回った自民党議員は高市氏の靖国参拝の意向を懸念したというが、それよりもアベノミクス復活の主張の方が危険である。総選挙の結果次第では、高市人気の再燃もあるという。ブードゥー・エコノミクス(呪い師の経済学)への回帰は願い下げだ。