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「知」に備えあれば憂いなし

河内 孝の複眼時評

河内 孝 プロフィール
慶応大法学部卒。毎日新聞社に入社、政治部、ワシントン特派員、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て退社。現在、東京福祉大学特別教授、全国老人福祉施設協議会理事。著書に「血の政治―青嵐会という物語」、「新聞社、破たんしたビジネスモデル」、「自衛する老後」(いずれも新潮社)など。

トランプなんか怖くない!(下)2016.6.1

米国は自らの手でしか誤りを正さない

信頼する専門家によれば、「クリントンの問題点は、接戦になればなるほど弱くなる」ことだという。それでも「トランプなんか怖くない」のか。答えは「イエス」だ。

米国の歴史を見ると錯誤と挫折が折り重なっている。各国も同じ経験をしているが、超大国だけにその影響は比類ない。同時に興味深いのは、その過ちは他者に糾されるのでなく自らの手で正していることだ。たとえ時間をかけても。

1919年、米上院はウイルソン大統領が世界に提唱した国際連盟への加盟を拒否した。ところが第二次世界大戦後、一転して国際連合結成(1945年)を主導する。1930年、米議会は輸入品の関税を記録的高率とするスムート・ホーリー法を制定、米国の輸出入は半減、世界大恐慌に拍車をかけた。このブロック経済体制が第二次世界大戦の原因になったとして1944年にIMF世銀を、1948年には関税及び貿易に関する一般協定(GATT)という自由貿易を支えるシステムを作った。

1942年2月、大統領命令により12万人に及ぶ日系アメリカ市民、移民がすべての財産を失い強制的に収容された。1988年、レーガン大統領はこの恥ずべき行為を公式に謝罪、現存者一人当たり2万ドルの賠償を行った。1950年1月、アチソン国務長官は、「アメリカのアジアにおける防衛ラインはフィリピン―沖縄―日本―アリューシャン列島の線」と議会証言し、金日成とスターリンに誤ったシグナルを送った。これが朝鮮戦争勃発の引き金となる。しかし北朝鮮が同年6月、38度線を越えた翌日、トルーマン大統領は軍事介入を決断した。

知米派の代表と目され戦前、戦後にかけ駐米大使、外相、首相を歴任した幣原喜重郎が自伝で面白いエピソードを紹介している。

1912年、パナマ運河開通に当たり保護国である米国は外国船舶に重い通行税を課した。各国、特に駐米英国大使のブライスは激しく抗議したが法案が成立すると一転、沈黙した。疑問に思った幣原が聞くとブライスは、「どんな場合でもイギリスはアメリカと戦争しない国是がある。戦争をする腹がなくて抗議を続け、何の役に立つか」と答えた。また大使は日米間の懸案であった移民を制限するカリフォルニア州の排日法に触れ、「アメリカの歴史を見ると、外国に対して相当不正と思われる行為を犯した例はある。しかし、その不正は、外国からの抗議とか請求によらず、アメリカ人自身の発意で、それを矯正しています。我々は黙ってその時期の来るのを待つべきです」と語ったという。

怖いのはクリントンのトランプ化

さて今年の米大統領選である。個人的には、男性より投票率の高い婦人層の23%にしか支持されないトランプに勝ち目はないと見る。むしろ「トランプ効果」は、クリントンの「トランプ化」がどれだけ進むか、にある。

トランプ(共和党)、サンダース(民主党)が唱える「アメリカ第一主義」とは何か。外交評論家のイアン・ブレマーは「国際問題に関与する責任からの独立、国内再建への専念」という。しかし、トランプ主義で国内再建はできない。ニューヨークタイムズの女性記者が一切、中国製品を使わないでどのくらい暮らせるかという実験をしたことがある。結果は一週間と持たなかった。食品、日用品のほとんどが中国製、もしくは米メーカーが中国工場で作ったものだったからだ。依然、米国は自由貿易体制の最大の受益国である。だから仮に米国がトランプ的誤りを犯しても、いずれ正さざるを得ないのだ。