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「知」に備えあれば憂いなし

河内 孝の複眼時評

河内 孝 プロフィール
慶応大法学部卒。毎日新聞社に入社、政治部、ワシントン特派員、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て退社。現在、東京福祉大学特任教授、国際厚生事業団理事。著書に「血の政治―青嵐会という物語」、「新聞社、破たんしたビジネスモデル」、「自衛する老後」(いずれも新潮社)など。

今、ここにある危機
-少子化対策は安全保障-2022.12.11

松野博一内閣官房長官は、11月28日の記者会見で、今年1〜9月の出生数が過去最少のペースとなったことについて、「危機的状況と認識している」と述べた(ロイター)。

厚労省によると、9月までの出生数累計は59万9600人余りで、調査開始以来最も少なかった昨年の出生数(約81万人)を5%近く下回るペースで推移している。

近年、国家安全保障についての議論が高まっている。結構なことだ。しかし、国は外敵に備える一方で、内部からの崩壊にも備えなくてはならない。国内最大の危機が止まらぬ少子化現象であることは明白だ。

厚労省人口問題研究所の将来人口推計を見てみよう。2040年が1億1092万人、2053年9926万人、2065年8808万人となる。

推定は、出生高位と低位の間を取った数字だが、実際の出生数が推定を大幅に下回っているから減少のスピードは、はるかに加速していくだろう。

問題は、人口減の中身だ。国の中核をなす15〜64歳の生産年齢人口が、2015年の7728万人から2040年には6000万人、2065年に4500万人台まで減少する。また次代を背負う0〜14歳の人口は、2015年の1595万人から2056年には898万人とほぼ半減する。

こうした「危機的状況」は、耳にタコができるくらい聞かされてきた。例えば2014年7月の全国知事会では、「少子化非常事態宣言」を採択している。「このまま人口減が続けば近い将来、地方はその多くが消滅しかねず(中略)やがて国全体の活力を著しく低下させ…」。

国も手をこまねいてきたわけではない。2007年には少子化担当大臣を創設して対策を取りまとめてきた。にもかかわらず成果が上がらないどころか悪化の一途をたどっているのは何故なのか?

補助金、制度という目先の小細工に追われ歴史に学ぶ姿勢を欠いているためだ。

マホメット、仏、スウェーデン

7世紀、マホメットはコーランをまとめた。この中で「あなたが孤児を公平に扱えず、そして女性を公平に愛することができるなら」妻を4人までめとることを認めた。

女性蔑視の象徴のように言われているが、実情は「当時の無秩序な多妻制度に制限を加える一方、部族間戦争で若い未亡人、孤児が巷にあふれたこと、種の保存のための策」(阿刀田高「コーランを知っていますか」)でもあった。

100年かけ人口維持に必要とされる合計特殊出生率(1人の女性が生涯に産む子供数)2%(日本は2020年、1.3%)を達成したフランスの例を見てみよう。

1914年から4年余りの第一次世界大戦は、戦死1600万人、戦傷2000万人以上という犠牲を生んだ。主戦場となったフランスでは、軍民合わせ約330万人が戦死、戦傷した。

結果、戦後のフランスは「世界で最も未亡人の多い国」と呼ばれるようになった。労働力不足を補うため政府は、アフリカ、アジア植民地諸国からの大量移民を促した。

同時に何度も社会福祉制度改革を行い、今日までに(1)乳幼児、児童手当、家庭保障手当(子供が増えるほど加算)(2)育児のための退職、時短に対する所得補償(3)保育、住宅手当――などを充実させてきた。

特徴は所得制限がないこと、事実婚、里子を持つ同性婚家庭にも平等に適用している点だ。他方、明るい面だけではない。移民による社会的緊張という副作用も生んだ。

福祉国家、スウェーデンも1930年代の金融恐慌時代に出生率が激減した。「どうしたら女性に子供を産んでもらえるのか」という議論が高まった。しかし、ノーベル経済学賞を受賞したグンナー・ミュルダールは「出生減は個人の責任ではなく社会構造の問題だ」と国の指針を変えた。

誕生から18歳までと、65歳から死ぬまでのコストは国がみる。そのコストに見合う税収を生産年齢世代から徴収するというスウェーデンモデル(高福祉高負担)は、こうして生まれた。

要は、子供を“社会の財産”と捉えて全体で育てるという考えだ。出生減ストップ。フランス、スウェーデンは、100年かけた。さて日本は?