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「知」に備えあれば憂いなし

河内 孝の複眼時評

河内 孝 プロフィール
慶応大法学部卒。毎日新聞社に入社、政治部、ワシントン特派員、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て退社。現在、東京福祉大学特任教授、国際厚生事業団理事。著書に「血の政治―青嵐会という物語」、「新聞社、破たんしたビジネスモデル」、「自衛する老後」(いずれも新潮社)など。

いまそこにある危機
-ウクライナ、台湾情勢を考える-2022.02.11

今日、「皇帝」の名に最も近い存在は、ロシアのプーチン大統領と習近平中国共産党主席ではないか。長期に強権を保持し続ける二人が進めるゲームの舞台がロシア・ウクライナ国境と台湾海峡である。

まずプーチン氏。首相期間を含め在任すでに22年。しかもさらに12年間、任期を延長できる法案を成立させた。他方、習近平氏。国家主席在任9年。共産党政権発足以来の原則、主席任期2期10年間という憲法を改正、理論的には永久政権が可能となった。

二人を待ち受けているのが、長期権力者ならではの宿命である。チャウセスク・ルーマニア大統領、サダム・フセイン・イラク大統領を見るまでもなく独裁者の末路は惨めだ。当然、プーチン、習近平両氏も肝に銘じているだろう。だからこそ彼等にとってはいまや、「権力保持」そのものが自己目的化している。それを正当化する名分は、国民の胸を揺さぶる歴史的大義しかない。ロシアにとっては冷戦敗北後に失った“母なるスラブ”(ウクライナ、ベラルーシ=白ロシア)の復活。漢民族にとっては、アヘン戦争以来欧州、日本に奪われた国土の奪還に他ならない。

二人の政治的動機は同根だが客観的条件は、異なる。九州と同程度の広さに2400万人が暮らす島国・台湾を軍事占領するためには、制海権、制空権を確保した上で、「100万人規模の地上兵力と車両、装備、これを運ぶ5000万トン近い洋上運搬能力が必要。その半分近くが洋上で撃滅される危機も侵さざるを得ない」(軍事評論家・小川和久氏)。

そんなリスクを冒すより偽情報、サイバー戦を駆使した間接侵略の方がはるかに経済的だ。2年後の台湾総統選挙で国民の40%近くが支持、「中国との建設対話」を主張する国民党候補を勝たせることが先決。その上で「第二の香港への道」を歩ませればいい。つまり習近平政権が今、あおる「台湾(軍事)危機」は、今秋の共産党大会で習近平三選を確実にするための国内向けキャンペーンとみていいのではないか。

同じ動機からの結果は…

他方、ウクライナと1000キロメートルもの国境線を接するロシアの条件は大きく異なる。国境沿いのウクライナ領ドンパス地域には親ロ系住民が多く住み反政府武装組織も存在する。ロシア軍介入の根拠は「弾圧に立ち向かう親ロシア住民への支援」で成り立つ。2014年、クリミア半島併合劇の再現だ。

ウクライナの北、ベラルーシでは近く、同国軍とロシア軍の合同演習が行われる。このため極東ロシア軍が大移動している。2月末には北と東、二正面からウクライナを挟み打つ体制が出来上がる。

この状況、1938年9月、ナチス・ドイツ軍のチェコ領ズデーテン進駐を想起させる。第一次世界大戦で失われた領域回復こそドイツ国民の悲願。ヒトラー政権が熱狂的に支持された根源だった。戦いも辞さず迫るドイツに英仏は、ミュンヘン会談で「平和のため」、チェコを差し出す。この譲歩も戦争を一年間、先延ばししたに過ぎなかったのだが。

ロシアにとってベストのシナリオは、次の三段階。まず、ドンパス地方で蜂起したウクライナ反政府勢力を支援するためロシア正規軍が侵攻する。これに対しNATO軍は、若干の援助物資を送るにしても加盟国でないウクライナを守るための軍事介入はちゅうちょするだろう。西側の無力さをウクライナ国民に見せつけ、絶望させ親ロシア政権を誕生させるのが第二幕。かくて大ロシアの再生が実現する。

「ミュンヘンの第二幕はない」ことをプーチンに知らしめるにはどうすればよいのか。西側は結束して「流血も辞さない」覚悟を示すしかない。どちらが先に降りるか、恐怖のチキンレースが始まったようだ。