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「知」に備えあれば憂いなし

河内 孝の複眼時評

河内 孝 プロフィール
慶応大法学部卒。毎日新聞社に入社、政治部、ワシントン特派員、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て退社。現在、東京福祉大学特任教授、国際厚生事業団理事。著書に「血の政治―青嵐会という物語」、「新聞社、破たんしたビジネスモデル」、「自衛する老後」(いずれも新潮社)など。

タンカー攻撃の真犯人は2019.07.1

-3つのMissが招く恐怖のシナリオ-

安倍首相のイラン訪問直後に起きた日本企業が保有するタンカー攻撃の第一報を聞いて反射的に思い出したのは1964年8月、ベトナム沖で起きたトンキン湾事件である。

北ベトナム軍(当時)哨戒艇が近海航行中の米駆逐艦に魚雷攻撃をかけたとされる事件だ。これを機にアメリカのベトナム戦争介入が本格化する。ところが71年になってニューヨークタイムズが国防総省機密文書を入手。事件はアメリカ側が仕組んだものであることが明らかにされた。

だからと言って今回のタンカー攻撃がアメリカの陰謀と見ているわけではない。アメリカと緊密な関係にあるイスラエルの諜報機関やサウジアラビアの影響下にあるグループによる可能性は否定できない。しかし、タンカーの破損状況、炎上後のタンカーへの接近の様子などを見ると、穏健派ロウハ二大統領の足元を揺さぶろうとするイラン革命防衛隊強硬派が暴走した可能性も高い。

 満州事変の引き金となった関東軍による南満州鉄道爆破事件を見るまでもなく、このような事件の原因を推理する際のカギは、「誰が得をするのか」だ。確かにトランプ政権内にはイラクに次いで世界第6位の産油量を持つイランを政治的、経済的に制圧したいとするグループがいる。彼らが動けばイランの天敵、イスラエル、サウジアラビアの賛同と協力も得られるだろう。

しかし、ニューヨーク貿易センタービルが攻撃された2001年以来18年間、米国史上もっとも長い戦争を強いられているアメリカに中東で新たな戦争を起こす物理的、精神的余裕はない。トランプ大統領自身、他国のもめごとには関わりあいたくない、国内が第一だ、という孤立主義的政策を訴えて当選した。すべてを損得で判断する彼が何より嫌うのは、無駄なカネと人命の浪費だ。「戦いたくない」というツイッターは本音だと思う。では米国とイランが互いの意図を読み誤り、泥沼の戦争に突入することで利益を得るのは誰なのだろう。

3つのMissがもたらす破局

答えを出すには、未だ判断材料が乏しく時期尚早だと思う。しかし最近、これを解くカギを朝日新聞の峯村健司記者から示唆された。峯村記者はハーバード大学、中国人民大学に留学、北京とワシントンの特派員を務めるなど米中関係取材の最先端にいる記者だ。

彼に言わせると米中間の推移を占うキーワードは3つ。Miss Communication(意思疎通の欠如)、Miss calculation(計算間違え)、Miss interpretation(判断ミス)――だという。

いい例がある。昨年5月、中国の劉鶴経済担当副首相とムニューシン財務長官との間で中国が農産物とエネルギー輸入額を大幅に増やすことで経済交渉は、ほぼまとまった。5月29日にはワシントンのホテルでの共同記者会見もセットされていた。ところがこの日、トランプ大統領は中国からの輸入品500億ドル分について関税25パーセント上げを発表したのだ。当然、合意は空中分解、劉鶴はメンツを失い交渉は迷走の一途をたどる。

原因は何か。トランプ大統領が夜必ず見るFOXテレビのニュースで前日、お気に入りのキャスターが、「ムニューシンは悪魔の中国と手を握ろうとしている」と脅かし上げたためだ。このキャスターは、イラン攻撃直前、トランプ大統領からの電話に、「攻撃すれば貴方の大統領再選は100パーセントなくなる」と直言、思いとどまらせた人物でもある。

一人のキャスターが大統領を動かす。中国の権力層には想像もできない政治力学、選挙の重圧、文化ギャップが判断ミスを生んだ。同じ3つのミスが米・イラン間で進行中なのではないか。危惧は深まるばかりだ。