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「知」に備えあれば憂いなし

河内 孝の複眼時評

河内 孝 プロフィール
慶応大法学部卒。毎日新聞社に入社、政治部、ワシントン特派員、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て退社。現在、東京福祉大学特任教授、国際厚生事業団理事。著書に「血の政治―青嵐会という物語」、「新聞社、破たんしたビジネスモデル」、「自衛する老後」(いずれも新潮社)など。

ウクライナ戦争の行方
-冬将軍はいずれに微笑む-2022.11.01

8か月余り過ぎたがウクライナ戦争の出口が見えてこない。

ウクライナの緯度は北緯44〜52度。北海道(41〜45度)に比べ5度高い。緯度が1度上がると平均気温は1度以上低くなる。現地は、すでに5度以下、厳寒の冬将軍が迫っている。戦いの行方を占ってみよう。

冬将軍は、戦闘の局面を変える。春から秋にかけ泥濘でいねいと化した平原は氷結し、重装備車両がロシア―ウクライナ国境線1300キロメートル(ほぼ青森から下関までの距離)全域で自由に活動できるようになる。

ロシアのガス、石油なしの冬は、ヨーロッパ諸国にとって冷戦後初の体験だ。背に腹は代えられず供給再開の見返りに対ロ制裁を緩める国が出てきても不思議ではない。加えてこのところのロシアの連続ミサイル、ドローン攻撃でウクライナの発電、送電能力は30〜40%程度損傷を受けたと見られている。停電の日常化はウクライナの国民生活を一層、困難にし戦意を削がないだろうか。

ウクライナの救いの神、アメリカも苦しい。5月19日、米上下両院で採決された「対ウクライナ400億ドル軍事援助法案」に、上院では共和党の11人が、下院では57人が反対に回った。

「ウクライナは応援したい。しかし、インフレや自然災害で悲惨な状態にある自国民の救済が先」との主張。11月8日に行われる中間選挙で労働者、貧困層にアピールするだろう。現時点で民主党は、上院の過半数は守れそうだが、下院では僅差で共和党に負けるとの調査結果が出ている。予算を握る下院で少数になればバイデン政権が強力なウクライナ支援を継続し、同盟国にリーダーシップを発揮するのは難しくなるだろう。

では情勢はプーチン有利に働いているだろうか。そうとも言えない。プーチンは、20万人の予備役招集にも手こずっており、国際的に孤立したイラン、北朝鮮に兵器援助を仰ぐなど兵站へいたん補給線も伸び切っている。

片やウクライナは、すでに「国民総動員令」を出しており人口約4300万人のうち20〜59歳の男性、1200万人が動員可能。現役兵が女性を含め21万人であることを考えれば十分な補充能力がある。士気も高いし、訓練はドイツと英国でできる。

こうして考えると、「(核戦争にならぬに限り)どちらかが一方的に勝利して終わる」ことが難しい局面に入ったと言えるだろう。

ウクライナ戦に勝者なし?

そこで見直されつつあるのが5月の米元国務長官・キッシンジャー氏の発言だ。

「理想的には境界線を戦争前の状態に戻す必要があるが、(米欧の助けで)長く戦争を維持するなら、ウクライナの自由を求める戦いではなくロシアに対する新たな戦争になる。2〜3か月以内に対ロ交渉をはじめ長期的な対ロ関係の配慮が必要だ」。

これには直後から、「プーチンに妥協し、お土産を持たすのか」との批判が巻き起こった。7月になってキッシンジャーは発言を補足した。

「ウクライナが今、戦争を止めることができないのは、国際的な支援をテコにロシアの脅威に対抗する力を持っていることを見せつける必要があるからである」。

この発言の真意について東京外語大の篠田英明教授は語る。「ウクライナが停戦するためには、国際的な安全保障の傘が提供されなくてはならない。しかしNATO加盟が現実的に無理なら、何らかの『新しい政治共同体』で、ウクライナの正統性と(同時に)地域均衡をどう図るか、と言っている。『お土産と妥協』とは異なるものだ」。

つまり、ウクライナにとっては、2014年ロシアが併合したクリミアの奪還、ロシアにとっては併合したウクライナ4州の割譲を認めさせ、NATO非加盟も約束させることがベストだろうが、これは叶いそうもない。

むしろ、「新しい枠組み」ができるまで一進一退の膠着状態が続く。捕虜交換など事務的停戦協議は行われるが戦争は終わらない、可能性が強い。

休戦下の朝鮮半島に似た対峙。双方とも不満だろうが、戦火は一応やむ。