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「知」に備えあれば憂いなし

河内 孝の複眼時評

河内 孝 プロフィール
慶応大法学部卒。毎日新聞社に入社、政治部、ワシントン特派員、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て退社。現在、東京福祉大学特任教授、国際厚生事業団理事。著書に「血の政治―青嵐会という物語」、「新聞社、破たんしたビジネスモデル」、「自衛する老後」(いずれも新潮社)など。

〝もしトラ〟から多分トラへ
ー冷酷なテレビ討論の裏表ー2024.07.11

「これでバイデン勝利は難しくなったのではないか…」。日本時間6月28日午前に行われたバイデン対トランプのテレビ討論をCNN中継で見ながら思った。

アメリカ人にとって大統領選挙は、「自分で王様を選ぶ」4年に一度のお祭りだ。一年がかりの選挙期間中、テレビ討論ではルックス、雄弁さ、コミュニケーション能力、理想を実現する強い意志とカリスマ性が試される。

有名なのは1960年、第一回のテレビ討論となったニクソン対ケネディだ。討論内容ではニクソンが圧倒していたのに、出演前の化粧を拒んだニクソンのヒゲソリ跡が浅黒く映り、「悪漢面」になってしまった。当時のテレビは白黒だった。

もう一つ有名なのは80年の現職、カーターとハリウッド俳優、レーガンとの対決だ。しかめ面で医療保険制度など微に入り細にわたり語るカーター。対するレーガンは、優しく包容力たっぷりの「アメリカのお父さん」を演じた。難しいことは語らず「Don’t worry, be happy(みんな幸せになるからな)」を繰り返した。この言葉には、何の裏付けもなかったが、レーガンの微笑みが国民の心をつかんだのだ。

こうした過去を振り返ると、今回のバイデンの出来は、まさに「大惨事だった」(民主党選対)。最初は、マイクの故障かと思った。バイデンが何を言っているか聞こえない。せき込み、言葉に詰まり、深いしわばかり目立つ困惑した表情が延々とクローズアップされた。細微なデジタル画像は、高齢者に残酷だ。

財政赤字、国境越境者、パレスチナ問題。論点は変われども変わらないのはバイデンの消え入りそうな声と、ぎこちない物腰だった。選挙前から言われた「高齢問題」が一挙に前面に出た。

もっともトランプの出来も決して良くなかった。発言には多くの嘘が含まれていたし、ゴルフ談義は失笑を買った。とはいえ同盟国だろうと「金を払わない奴は助けない」とか、「テロと犯罪とを持ち込むだけの越境者は追い返す」など分かりやすいトランプ節は健在だった。

つまりはトランプ勝利というよりもバイデンのオウンゴールによる自滅だった。

早速、翌日のニューヨーク・タイムズは社説で「国のため」バイデン大統領の候補辞退を勧告した。現職の大統領に勇退を求めるのは、民主党とバイデン支持を鮮明にしている同紙だからできることだ。それだけトランプ再選が現実味を帯びているといえる。

バイデンに挽回の秘策はあるか

正直、この討論の前までは「僅差でバイデン勝利」と踏んでいた。各種世論調査ではトランプが2〜3%優っているが、「無党派」層ではバイデンが優勢。

特にニューヨークでのスキャンダルもみ消し事件でトランプが有罪判決を受けた後、共和党支持者の中でも、トランプ不支持が5%前後増えた。こうしたことを考えると僅差でバイデン逃げ切りかと見ていた。

テレビ討論会は、9月にあと一回あるが、大勢を覆すにはよほどのマジックが必要だろう。そこでタイムズの言う民主党候補の差し替えが現実味を帯びる。

党大会では、予備選挙結果により各州代議員が候補者を決める。だから、予備選を独り勝ちしてきたバイデン氏を降ろす方法はない。しかし、本人が指名を辞退し、他の候補者を指名すれば差し替えは可能だ。

最有力と見られているのがカリフォルニア州知事のギャビン・ニューサム氏(56)だ。判事の息子で大学卒業後、ワインショップ経営で成功、36歳でサンフランシスコ市長に当選した。全米で初めて同性愛カップルに結婚証明書を発行し、注目された。

本人は「大統領を支持している。裏切ることはしない」と繰り返しているが、「出馬しない」とは言っていない。

今のところバイデンが下野する兆しはない。唯一、説得できそうなジル夫人も夫を支持しているという。誰が猫の首に鈴を付けるのか? それとも逆転の秘策があるのだろうか。