警備保障タイムズ下層イメージ画像

「知」に備えあれば憂いなし

河内 孝の複眼時評

河内 孝 プロフィール
慶応大法学部卒。毎日新聞社に入社、政治部、ワシントン特派員、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て退社。現在、東京福祉大学特任教授、国際厚生事業団理事。著書に「血の政治―青嵐会という物語」、「新聞社、破たんしたビジネスモデル」、「自衛する老後」(いずれも新潮社)など。

地位協定、改定求めない理由
-安保条約と日本の選択-2022.01.21

昨年末から年明けにかけて起きた二つの出来事が日米安保条約について再考を迫っている。日米安保条約の在り方、つまり国をどう守るかという問題だ。

出来事の第一はオミクロン騒動である。岸田首相が「行き過ぎという批判があれば、その責任はすべて私が負う」と大見えを切って始めた水際対策だったが、米軍基地・施設に関してはまさに「穴の開いたバケツ」状態だった。

日米安保条約に伴う地位協定は、「合衆国軍に提供している施設又は水域に入る合衆国軍の船舶、又は航空機の検疫については、あらかじめ任命された合衆国軍の検疫官(軍医)が代行し、所轄の検疫所長が検疫済証を交付する」と決めている。つまり全国130か所ある米軍の施設、区域(うち49か所は自衛隊との共用)に所属する約5万5000人の将兵、5万人以上の家族、軍属(軍に勤務する民間人)は日本国入管、検疫体制の外に置かれている。なお、「検疫感染症が存在する場合は、その地区を管轄する検疫所長と協議のうえ、所要の措置を取る」(日米合同委員会合意)としているが、協議するかどうかは米軍次第だ。

結果、直近1週間の人口10万人当たりの新規感染者数は、沖縄で142人、山口県22.21人、広島県14.1人と、米軍基地を抱える県が上位に並んだ。東京に置き換えれば毎日1万5000人以上の新規感染者発生という状態だ。この事態に、沖縄県知事が基地からの外出禁止令を要請したのが昨年12月12日。林外相の在日米軍司令官申し入れ、日米外務・防衛相会談(2+2)を経て、やっと14日間の外出禁止令が発出されたのが今月10日。あまりに遅すぎた。

二つ目の出来事は、昨年12月22日、日米政府間で在日駐留経費負担(いわゆる思いやり予算)について、年度平均2110億円で合意したことである。これまでに比べ年間約100億円の増額で、トランプ政権が4倍以上を求めていたことを考えれば「合理的範囲に収まった」(防衛相関係者)という見方もあろう。

それはともかく筆者が注目したのは、費目を「同盟強靭化予算」と改めた点だ。

地位協定改正の対価

地位協定24条は「日本に合衆国軍隊を維持することに伴うすべての経費は、日本側が負担すべきもの(施設及び区域並びに路線権を協定存続期間中無料で提供する)を除き合衆国が負担する」と決めている。つまり日本が基地地代、港湾、空港使用料以外に米軍駐留経費を負担するためには協定を改定しなくてはならない。

そこで苦し紛れに考えたのが、「特例、暫定的な一時的処置」(1978年政府見解)という便法。これにより日本人従業員労務費、隊舎やレクリエーション施設建設費、基地内外の光熱費などを負担することにした。「超法規行為」(当時の金丸防衛相)なのだから「思いやり」といった法律になじまぬ情緒的な言葉を使わざるを得なかった。今後は「同盟関係強化費」だから共同訓練のためのコストなどにも充当できるとしている。

出入国管理、関税、検疫、駐留費負担。同じ安全保障条約を結ぶ英国、ドイツ、韓国などと比べて不平等性が指摘されてきた。にもかかわらず何故、政府は地位協定の改定に取り組まないのだろう。日本以外の国と米国の軍事同盟は、一方が攻められたら締結国も共に闘う「攻守同盟」。安倍政権で安保法制が導入されたが、可能な軍事行動は依然、限定的だ。地位協定改正には、憲法改正、自衛隊の質的転換、核保有の是非という戦後日本の総決算を迫られる。対極に安保廃棄、自主防衛という選択肢もありうる。

いずれにせよ腹をくくる覚悟が与野党ともない。駐留費負担に、「これで守ってもらえるなら安いもの」という書き込みがあった。情けないが、これが平均的日本人の本音なのか。