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「知」に備えあれば憂いなし

河内 孝の複眼時評

河内 孝 プロフィール
慶応大法学部卒。毎日新聞社に入社、政治部、ワシントン特派員、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て退社。現在、東京福祉大学特任教授、国際厚生事業団理事。著書に「血の政治―青嵐会という物語」、「新聞社、破たんしたビジネスモデル」、「自衛する老後」(いずれも新潮社)など。

異次元に入ったウクライナ戦争
-ロシアの軍事的限界は?-2022.06.01

数週間で決着がつくかと見られたロシア軍ウクライナ侵攻。3か月が経過したが、ウクライナ軍の善戦が目立つ展開だ。

ロシア軍の苦戦については(1)戦争目的の不明瞭さ(2)自己過大評価と敵過小評価による悪スパイラル(3)拙劣な作戦、指揮・命令系統の混乱、補給停滞、兵員の質と士気の低さ(4)欧米から提供された最新兵器の威力――などが指摘されている。

特に侵入当初、航空優勢の確保に失敗したこと、投入兵力が対抗軍とほぼ同等であったのにウクライナ全土を全周から薄まき卵のように攻め込んだ作戦は稚拙すぎた。

こうした「誤算、失策」は、西欧メディアが繰り返し指摘しており、筆者も同感だ。同時に「苦戦の背景には、より根源的な問題があるのでは」という疑問があった。そこで欧米軍事専門サイトを当たっているうち、ロシア軍が全く異次元の戦争局面に引き込まれていることが分かった。

情報差、鏡の中の戦争

「flightrader24」というサイトがある。航空機の所在、航跡を表示するインターネットサービスだ。本来、民間航空用だが敵味方識別信号を発している軍用機も表示される。

ログインしてウクライナ空域を見ると驚くだろう。ウクライナとの国境沿いに北はベラルーシからポーランド、スロバキア、モルドバ、ルーマニア上空まで弧を描き重なり合うように数十機の有人、無人機が飛行している。

危険空域だから民間機は近づかない。航空評論家の石川純一氏によると確認されているのは米軍13機種、英空軍2機種、フランス軍4機種、その他6機種。連日24時間、同空域で監視、哨戒、給油活動を行っている。これに加え情報源としては、低軌道を周回する多数の軍事衛星も加わる。米空軍EC135(AWACS)のレーダーは55キロメートル先まで監視できるから一機でウクライナ全土をカバーする。また核爆発を早期探知するWC―135Wも飛来している。

集められる情報は単にロシア軍の動きだけではない。飛来する巡航ミサイルの判別・追跡、敵無線・レーダーを妨害する欺瞞工作、戦場と敵司令部間の交信解読なども行っていよう。これら膨大な情報がリアルタイムでウクライナ軍に流れ込む。つまり、ロシア軍は、敵から全て見られ、聞かれているのに自分は見えず、聞こえずという「鏡の中の戦争」を闘わされているわけだ。

英セントアンドリュー大のオブライエン教授によると航空優勢とは、物理的に制空権を握ることではない。衛星通信、空中哨戒、管制機により前線と司令部をつなぎ、前線指揮官の的確な決断を促すとともに、戦域内の全部隊に正確な情報を提供、指揮命令を徹底するシステム作りだ。ロシア軍がこの能力を欠く中でウクライナ軍は、立体的な戦場情報を得て戦いを有利に進めている。一連の作戦は、極秘下で行われているから外部からはうかがい知れない。

防御兵器から攻撃兵器へ

5月7日から8日にかけドンバス地方のドネツ川を渡河しようとしたロシア諸兵科部隊(大隊規模)が集中砲火を浴びてほぼ全滅した映像は衝撃的だった。

この戦いで威力を発揮したのが米軍の供与したM777、155ミリメートルりゅう弾砲だ。提供された90門の内、85門が5月上旬、運用開始となり“初戦果”を挙げた。

普通のりゅう弾砲と違うのは、砲弾自体にジェットエンジンが付き通常弾の倍近い射程40キロメートル(東京・千葉間に相当)の「エクスカリバー弾」が打てること。この砲弾は、GPS機能を有し飛行姿勢も変えられるから小型ミサイルといっていい。アフガン戦の実績では、誤差4メートル以内に着弾している。これに、前に述べた戦場監視機からの探知、座標データが加わると、ほとんど逃れようがない。

これまで欧米が提供してきた兵器は対空、戦車ミサイルなど携行型の自衛兵器だった。それが戦場を制圧する攻撃兵器に代わった。戦争の様相を大きく変える「ゲームチェンジャー」になる可能性が出てきた。