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「知」に備えあれば憂いなし

河内 孝の複眼時評

河内 孝 プロフィール
慶応大法学部卒。毎日新聞社に入社、政治部、ワシントン特派員、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て退社。現在、東京福祉大学特任教授、国際厚生事業団理事。著書に「血の政治―青嵐会という物語」、「新聞社、破たんしたビジネスモデル」、「自衛する老後」(いずれも新潮社)など。

不安定な時代をどう生きるか(上)
ー石破・トランプ会談異聞ー2025.02.21

手際よく会談がセットできないと、「会えない首相」とけなされ、会談が終われば、「重い宿題を負わされた」とくさされる。内閣総理大臣とは因果な商売だ。

2月7日(日本時間8日)の石破・トランプ会談。様々な評価があるが、最悪の事態が避けられたのは確かだ。1兆ドルの投資話で、安全保障を買ったとケチを付けられるかもしれない。が、あの中東ガザ地区ですら、「再開発して第2のリビエラにする」と言い放つ“不動産屋”大統領だ。商売人相手に分かりやすいディール(取引)ではなかったか。

2023年時点の日本の対米投資残額は、約8000億ドル。これに孫正義ソフトバンク代表が表明しているAI(人工知能)投資や、トヨタ、いすゞなどの新規工場建設、加えて日鉄のUSスティール買収(約2兆円)を投資に換算すれば何とかなる数字という腹積もりだろう。首脳会談の詳細は、いずれ漏れてくるだろうが、個人的には、会談がどのようにして2月7日(日本時間8日)に決まったのか、そのプロセスに関心がある。タイミングが会談結果に影響したと思えるからだ。

まず石破首相が打診したのは、トランプ再選直後の昨年11月、ブラジルで開催された20か国首脳会議(G20)の帰途、同氏フロリダ別荘での面談だった。しかし、「民間人が政府の許可なく外国政府との交渉を禁ずる」という18世紀の法律を盾に体よく断られた。

一方でトランプは、アルゼンチンのミレイ大統領とは11月14日、同23日にルッテNATO事務総長、カナダのトルドー首相と同29日、ハンガリーのオルバン首相と12月9日、年明け1月4日には、イタリアのメローニ首相と立て続けに会談している。

ただ就任前の一連の会談は、「米国の51番目の州に」というトランプ発言に驚いたカナダ・トルドー首相が押し掛けたのを除けば、以前から思想信条を同じくする“同志”との気の置けない当選祝い。大胆な行政改革と財政再建を推進するミレイ氏は、いち早く国連のWHO(世界保健機構)からも脱退しているし、イーロン・マスク氏の友人でもある。オルバン首相、メローニ首相も右翼的な移民排斥主張で心を通じ合わせてきた。

会談のタイミングが石破首相の追い風に

次の機会は1月10日、カーター元大統領の葬儀に参列した菅元首相、同14日にトランプ別荘に招かれた安倍明恵氏からもたらされた「就任式前に時間を取ってもいい」という伝言だった。

しかし、これには岡野正敏外務事務次官(現国家安全保障局長)以下が慎重だった。やる以上は、今後の基調となる共同声明は出したい。そのすり合わせや事前の情報収集、根回しに時間が足りないというのだ。結局、首相判断で、「遅いと叩かれようと、大統領就任後の時期を探ろう」となった。

関係筋は、「この決断が会談成功の決め手となった」という。確かにこの1か月、トランプが日本に関わり合う余裕は全くといっていいほどなかった。

就任式直後、落選期間中の鬱憤を晴らすように大統領令を乱発した。不法移民の強制送還、地球温暖化対策のためのパリ協定からの離脱、人種、宗教にとらわれず多様な政府職員を採用する政府内規の撤回、メキシコ、カナダとの関税戦争、パナマ運河再国有化、グリーンランド買収問題、ガザ地区の保有、観光地化提案――。八方とのけんか状態で、国内外の反発は大きく、行政命令の多くには、裁判所の執行停止命令が出されている。自分が招いたとはいえ乱気流の最中だ。

この状況下、大胆にトランプの気持ちを推測すれば、「いささか飛ばしすぎたか。ここらで少し、様子も見たい。国民受けするリップサービスも必要だ。丁度、大きな金目の話を持って防衛装備も買うという男が来る。よし、歓迎してやろうじゃないか」――というところではなかったのか。

それにしてもこの男と4年間付き合うのは容易ではない。