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「知」に備えあれば憂いなし

河内 孝の複眼時評

河内 孝 プロフィール
慶応大法学部卒。毎日新聞社に入社、政治部、ワシントン特派員、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て退社。現在、東京福祉大学特任教授、国際厚生事業団理事。著書に「血の政治―青嵐会という物語」、「新聞社、破たんしたビジネスモデル」、「自衛する老後」(いずれも新潮社)など。

バイデン氏はなぜ苦戦したのか? 2020.11.21

-選挙が見せた米国の影とほのかな光-

全米、いや世界中の目がアメリカ大統領選の開票に注がれていた5日、同国のコロナ新規感染者数は過去最高、一日12万人を超えた。二日後、累計感染者数は1000万人を超え、累計死者数も23万9000人を上回った。世界最悪の感染数、死亡者数である。

にもかかわらずCNNの出口調査で、「今回の選挙で最も重視したのは?」との問いに「コロナ感染症対策」と答えた人は、「景気」、「雇用」に次ぎ第三位に止まった。なんとも皮肉なのは、連日伝えられる「コロナ感染マップ」を見ると、トランプ氏が勝利した中西部諸州と感染拡大地域がぴったり重なることだ。人口が集中しているカリフォルニア、ニューヨーク州が、これらの州に比べ安定しているのは、ともに民主党知事で厳重な感染封じ込め策を取っているからだろう。

ともあれ13日現在、本紙11月1日号で予見したように、「僅差でバイデン勝利の場合、決着は年明けか?」というシナリオ通りの展開となっている。8月に、「バイデンが勝つためには地滑り的圧勝しかない」と警鐘を鳴らしたニューヨーク・タイムズ記者の見方も裏付けられた。バイデン対トランプの票差は510万票と、2016年のヒラリー氏より200万票近く差を広げた。しかし、投票率を考えると、バイデン氏があと100万票上積みできれば南部諸州も取って楽勝だったろう。

エジソン・リサーチの行った出口調査によると、白人票の57パーセントがトランプ氏に投票した。65歳以上の有権者からの獲得率もバイデン氏を上回った。さらに所得10万ドル以上階層の過半数も獲得している。こうしたデータは、「トランプ支持者は地方の貧困層、白人優越主義者、衰退した工業州の忘れられた人々」というレッテル付けとだいぶ異なる。

分断から融合へと向かうのか?

では有効投票の半分近くがバイデン氏に投票しなかった理由はどこにあったのだろう? CNN編集長のフリーダ・ギィーティス氏はバイデン苦戦の理由を4点、指摘している。第一は、トランプ氏から数多く浴びせられた非難や中傷に断固として反論、対決しなかった姿勢が頼りなさと受け取られた。第二にコロナ対策を優先するあまり直接、有権者と接触する機会が少なかったこと。有権者からはフェイス・ツー・フェイスのコミュニケーションを避けている、冷たいと受け取られた。第三に、経済的困難や、失業など国民が抱える悩みをすくい上げる提言が少なかった。さらに終盤戦でフロリダを重点的に遊説したトランプ氏が連呼した、「バイデンは社会主義者だ」との発言が、社会主義国キューバからの亡命者の多い同州で想像以上の効果を上げた、というのだ。

エジソン・リサーチの出口調査に戻ると、バイデン氏は女性票の過半数を得、得票率で男性票を13パーセント上回った。黒人票の87パーセント、アジア系、ラテン系の66パーセントの票を獲得した。これをトランプ支持層と比較すると確かに、「アメリカは、おそらく1850年(南北戦争当時)以降、どの時代より分断されている」という政治評論家、フレッド・カプランの見方は当たっている。

それでも30歳未満の若者のほぼ3分の2、大卒以上の学歴を持つ過半数がバイデン氏に投票している。今後の人口動態、進む社会の高学歴化を考えるとアメリカの民意が融合に向かう期待を持たせる。だからこそ少数派となる人々の恐怖心も強いのだ。

問題は、ニューヨーク・タイムズの出口調査で、バイデン氏に投票した理由の第一位が、「トランプが嫌い」という点だ。バイデン政権基盤の弱さがうかがえる。バイデン氏自身のリーダーシップ、強さを示すことが出来るか否かが問われている。(この原稿は13日に書かれた)