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「知」に備えあれば憂いなし

河内 孝の複眼時評

河内 孝 プロフィール
慶応大法学部卒。毎日新聞社に入社、政治部、ワシントン特派員、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て退社。現在、東京福祉大学特任教授、国際厚生事業団理事。著書に「血の政治―青嵐会という物語」、「新聞社、破たんしたビジネスモデル」、「自衛する老後」(いずれも新潮社)など。

選挙の年が示す、世界のいま
ーポスト・ツゥルースの時代とはー2024.08.01

都知事選は終わった。代わって9月の自民党総裁選に向けた動きが始まった。これに「総選挙はいつか?」が絡んでくる。

しかし、見渡せば今年は世界中、「選挙イヤー」だ。アメリカ大統領選挙のように任期に伴うものもある。英国やフランスの総選挙のように政権が局面打開を狙って(裏目に出たが)解散に打って出たケース、イランのように指導者の突然死によるものもある。主要なものを挙げてみよう。

1月13日、台湾総統選挙。与党の民進党は副総統、頼清徳氏を勝利させたが議会選挙は不振に終わった。2月14日、インドネシア大統領選・総選挙。ジョコ大統領の後継者、ブラボウォ国防相(72)が勝利したが与党は、議会選挙で過半数を割った。

3月17日、ロシア大統領選挙。プーチン氏圧勝。4月10日、韓国総選挙。最大野党「ともに民主」が過半数の175議席を獲得。任期3年を残す尹政権の政権運営は、苦しくなった。

4月19日〜6月1日、インド総選挙。モディ首相の与党、「インド人民党」は、過半数を割った。しかし、連立工作でモディ3期目継続は維持した。6月2日、メキシコ大統領選挙。初の女性大統領が誕生した。

6月6〜9日、欧州議会(EU選挙加盟27か国で構成)選挙。EUに懐疑的な右派、極右勢力が伸長したが、最終的にはEU支持の3会派で過半数を確保した。7月4日、英国総選挙。与党保守党が惨敗し、労働党が14年ぶりに政権奪還した。

7月6日、イラン大統領選挙。改革派のペゼシュキヤーンが当選。しかし、最高権力は、保守派ハメネイ師の手に止まったまま。

7月7日、フランス総選挙決選投票。マクロン大統領率いる中道与党連合は2位。左派連合が極右政党「国民連合」を抑え最大勢力に。マクロン氏の政権運営は綱渡り状態となった。以後、9月自民党総裁選挙、11月5日の米大統領選挙へと続く。

ポスト・ツゥルース時代の選挙は

国情は違うし、ロシアのように「官製信任式」のような例もある。しかし、一連の結果を見ると共通する政治潮流が見えてくる。既成権力、政権党へ有権者の怒りが噴出している。言い換えると、多くの国家が「ポスト・ツゥルース」(post truth)といわれる政治状況に入りつつあるようだ。

これは、英国の国民投票でEU離脱が決まり、トランプ米大統領が選出された2016年にオックスフォード辞典が、「今年の言葉」に選び広まった。「客観的な事実が重視されず、感情的な訴えが政治的に影響を与える状況のこと」とされる。

英国民投票では、「移民が雇用を奪う」「貧しいEU諸国に毎月、何億ポンドもの英国の富が流失している」など、もっともらしいデマ情報がSNS上に拡散し、投票結果を左右した。

2017年1月、トランプ・ホワイトハウスは同大統領の就任式を、「史上最大規模」と発表した。過去の画像解析、記録から、「事実ではない」と迫った記者に報道官は、こう答えた。「我々は、もう一つの事実(alternative facts)を示したまでだ」。

つまり私たちは、「事実が死んだ」時代を生きているのかもしれない。「ポスト・ツゥルース」社会は、このような環境下で誕生するといわれる。

「激しい人種差別、対立が存在する。深刻な性差別が改善されていない。貧富差、学歴差が広がり社会の分裂、対立が高まっている。他者の意見、信仰への理解、寛容度が失われている」。つまり地域、階層間の経済格差、分断が憎悪を再生産してゆく政治構造なのだ。

この社会では、「上から目線」と見られがちな行政や、大手メディアが提供する「事実」よりも、自分の心情に合う「見たい情報」が真実となる。仲間同士で同じ情報を確かめ合う、「エコー・チェンバー」(こだまの空間)にこもり反対意見に耳を閉ざす。米共和党大会の熱狂ぶりが、その典型と言える。

問題は、日本が「ポスト・ツゥルース」社会に入ったかどうか。危険水域に入ったと思う。