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「知」に備えあれば憂いなし

河内 孝の複眼時評

河内 孝 プロフィール
慶応大法学部卒。毎日新聞社に入社、政治部、ワシントン特派員、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て退社。現在、東京福祉大学特任教授、国際厚生事業団理事。著書に「血の政治―青嵐会という物語」、「新聞社、破たんしたビジネスモデル」、「自衛する老後」(いずれも新潮社)など。

日本にとっての米ロ、中対立とは
-間合いの取り方と難易度-2021.12.21

12月9〜10日、バイデン米大統領の肝煎りで「民主主義サミット」がオンライン開催された。110か国・地域の指導者を招いて(実際の参加は約70)「専制主義との対決」をうたい上げたが、強いメッセージを発信できたか、疑問が残る。

これは当然で、アメリカの都合である内政事情と世界的課題とを混同するから分かりにくいのだ。支持率の低下に悩むバイデン大統領が「(トランプに比べ)中国、ロシアに弱腰」という共和党の攻撃をかわしたい、が本音。でも建前としては抽象的な「民主主義の強化、確立」を前面に出さざるを得ない。「じゃあ何をするの?」と問われると答えがない。

要は「反中、ロ結成集会」だから専制国家とみられるフィリピン、パキスタンも招待するが「反ロ」「反中」色の薄いトルコやハンガリーは呼ばないという“二枚舌”を見透かされてしまった。バイデン大統領にとって不幸なことに、国内の関心は空前の竜巻被害に集中、“サミット効果”(あったとしても)を吹き飛ばしてしまった。

これに比べれば11〜12日に英国リバプールで開かれたG7(主要7か国)外相会議の方が、目的がはっきりしているから、一定のメッセージを示せた。すなわち、ウクライナ国境地域に10万人を超える軍隊を集結させているロシアに対し、「力の行使は戦略的誤りであり、悲惨な結果を伴う」と警告。ロシア通貨の国際決済凍結も示唆した。中国に対しても、インフラ投資で相手国に多額の債務を負わせ、債権国として影響力を行使する「威圧的経済政策」の停止を求めた。

しかし、この間で最も「民主主義」の名にふさわしい会合は、10日、ノルウェーのオスロで開催されたノーベル平和賞の授賞式だったろう。平和賞を受けたのは二人のジャーナリストである。

バイデンの民主主義サミットに招待されたドゥテルテ・フィリピン大統領の言論弾圧と闘う記者、マリア・レッサさんは受賞演説で、こう訴えた。「私は記者であるだけで、残りの人生を牢獄で過ごすかもしれない脅威と共に毎日を生きています。国に帰れば未来がどうなるかわかりません。しかし危険を冒す価値はあります」。

もう一人、ロシアのリベラル紙編集長、ドミトリー・ムラトフさんは「この賞はあらゆるジャーナリストのためののものです。命を落とした『ノーバヤ・ガゼータ』の同僚に対するものです。私たちは進歩のための前提条件であり、独裁政治に対する解毒薬なのです」と述べた。

我々もバイデンの優柔不断を笑っている場合ではない。ロシア、中国にどう向き合うのかというテーマは深く重い。明治開国以来、先人が悩み、過ちを犯しながらなお答えの得られない“問い”である。

今風の模範解答は、次のようなものだろう。「(米中関係につき)日本は、あいまいな態度はとりにくい。だが中国との経済関係の深い隣国として、米中の対立激化は避けたい。中国との対話のチャンネルを保ちつつ、香港のような人権問題は認められないと、きちんと意見を言うことが重要だ」(青山学院大・古城佳子教授)。

悪いが「できそうもない」解答である。覇権国に挟まれ「みんな仲良く、手を取って」は無理筋。ロシア、中国に「きちんと意見を言う」ためには、よほどの覚悟が必要だ。

中ソ対立の時代なら「日米同盟が唯一可能な選択」(外交評論家・岡崎久彦氏)と割り切れたかもしれない。しかし、ロシアにとっては欧州が正面だが、中国の眼は今、太平洋に向いている。日、米、中、ロ、多くの不確実性の中で間合いの取り方に悩む日々が続く。