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「知」に備えあれば憂いなし

河内 孝の複眼時評

河内 孝 プロフィール
慶応大法学部卒。毎日新聞社に入社、政治部、ワシントン特派員、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て退社。現在、東京福祉大学特任教授、国際厚生事業団理事。著書に「血の政治―青嵐会という物語」、「新聞社、破たんしたビジネスモデル」、「自衛する老後」(いずれも新潮社)など。

嫌中、媚(び)中では外交にならない
-米中の、したたかな二枚腰に学べ-2021.12.01

過日、和歌山の友人と電話で話した折のこと。こんなことを聞かされた。「二階自民党前幹事長のファンというわけではないが、今度の選挙はひどかった。連日、右翼の街宣車が二階候補を追い回して“中国の手先を許すな、親中パンダの二階、日本から出て行け”と駆けずり回っていた」。

尖閣諸島の領有権をめぐるトラブルや強引な海洋進出のせいで国民の対中感情は、かつてなく冷え込んでいる。こうした感情は必ずエコーするもので、言論NPOの調査では、日本に対する印象が「よくない」と答えた中国人は66%で、昨年に比べ13.2ポイント上昇したという。

時流に乗って右翼が「嫌中」ムードをあおるのは、当然ともいえるが、元首相ともあろう者が便乗しては見識を問われる。伝えられるところ茂木外相の後任に林芳正氏を起用したいという岸田首相の打診に安倍、麻生の両総理経験者は、難色を示したという。

中選挙区時代、安倍・林両家が同一選挙区で争ったおんしゅう、ポスト麻生をめぐる派閥内への影響などを考えてのことだろう。しかし、それでは大義名分が立たない。そこで、「(林氏は)日中友好議連の会長(外相就任後辞任)だが大丈夫か? 米国との関係が難しくならないか」――などとブレーキを掛けたようだ。

情けない話だ。これまで日中、日韓関係がこじれた時は必ず時の氏神が登場、“火消し”に当たったものだ。こうした役割の存在自体を忌避する“空気”が自民党内を覆っているなら、それこそ憂慮すべき事態だ。

「アメリカとの関係」に至っては笑止千万。かつて自民党の金丸信幹事長は、政治の極意を問われて、「叩いているように撫ぜる。撫ぜているように叩く」と答えた。硬軟両様、裏表使い分けということだが、今日のバイデン対中外交は、これを忠実に実行している。

硬軟両様、アメリカの対中アプローチ

日本では注目されなかったが、9月28日付の「サウスチャイナ・モーニングポスト」紙は、「キッシンジャー外交の再来?」という記事を特報した。ゴールドマン・サックスの前会長、ジョン・ソーントン氏が8月下旬から6週間も上海、北京、広州に滞在。この間、王岐山副主席、韓正国務院副総理ら複数の政府、党主要幹部と会談したというのだ。ソーントン氏の帰国直後、カナダで軟禁されていた中国通信機器大手・華為技術(ファーウェイ)の副会長、孟晩舟氏と、中国当局にスパイ容疑で拘束されていたカナダ人ビジネスマンが釈放されたことが“偶然”とはとても思えない。

民間人のソーントン氏に対し中国共産党、政府がこのような厚遇をした背景に、バイデン政権の“密使”という見方があり、だからこそ米中和解に動いた「キッシンジャー外交」にちなんだ見出しとなったのだろう。無論、香港に本社を置くモーニング・ポストには中国政府の意向が反映されている。

そのバイデン大統領、16日にオンラインで習近平中国国家主席と3時間半にわたって会談を行った。通訳が入ったにしても半端ない時間だ。長時間の電話会談は、今年2月、9月にも行われている。

一連の会談はホワイトハウス報道官の言う通り「何かを決める。合意する」ためのものではない。二国間にある懸案を全てテーブルに載せ、「どこがどのように対立しているのか」を確認する作業であり、意図しない衝突を回避するためだ。一方で同盟国との軍事連携で圧力をかけ北京冬季五輪の外交団派遣見送りを検討するなど、まさに「撫ぜながら叩いている」。

就任後、林外相が「中国にこびを売る媚中はいけないが、知中派がいてもいい」と語ったのは正しい。嫌中と、媚中は、劣等感という根っ子でつながっている。コンプレックスでは外交にならない。