警備保障タイムズ下層イメージ画像

「知」に備えあれば憂いなし

河内 孝の複眼時評

河内 孝 プロフィール
慶応大法学部卒。毎日新聞社に入社、政治部、ワシントン特派員、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て退社。現在、東京福祉大学特任教授、国際厚生事業団理事。著書に「血の政治―青嵐会という物語」、「新聞社、破たんしたビジネスモデル」、「自衛する老後」(いずれも新潮社)など。

外交は時代の産物なり
ー東郷茂徳の〝遺言〟から考えるー2023.11.11

太平洋戦争開戦時と、終戦時に外相を務めた東郷茂徳は、東京裁判で禁固20年の判決を受け1950年、獄中死した。巣鴨拘置所内で書き続けたのが回顧録「時代の一面」である。

脱稿5日後に息を引き取ったというからまさに「遺言」だ。中に次の一節がある。

「外交は時代の産物なり、また時代の特質を具現す。(中略)時代を超越するは理想なり。万古に通ずるは哲理なり。外交は理想、哲理にあらず、利益の調整なり」。

国益をめぐる怜悧な駆け引き、俗にいえば損得勘定ということだろう。今、東郷の言葉で世界情勢を眺めたらどんな景色が広がるのかを考えてみた。

今日、世界の発火点は、ウクライナと10月7日に再燃したガザ地区を中心にする中東紛争だ。一見、脈絡なく見える二つの争乱だが、複雑な因果関係で結ばれている。

パレスチナ対イスラエルの紛争で最も得るものが多い国はどこだろう。間違いなくプーチンのロシアである。

彼にとって当面の目標は、ウクライナ戦での勝利。長期的には、米国が主導する一極覇権構造に打撃を与え、その終わりを早めることにある。と言って今回の中東紛争にロシアが直接的に関わった証拠はない。間接的なさまざまな方法でイスラエルを包囲する友好国イラン、シリアを支援しているのだろう。

中東紛争再発がどのような利益をロシアに与えたのか?まず世の関心がウクライナから大きく中東に移った。ウクライナの惨状、ロシアの蛮行を、連日伝えたニュースは質量とも激減した。比例して国際世論の同情、支援も中東へと傾いた。

第2にウクライナ支援最大のスポンサーであるアメリカの軍事援助が分断、というより議会の圧力もあってイスラエルにシフトしたことも大きい。膠着状態の続くウクライナ戦争が来年、3年目を迎える中で西側諸国の「援助疲れ」が一層目立つようになるだろう。「時はロシアに有利」となる可能性が高い。

つまり中東紛争は、ウクライナの抵抗に難渋するロシアを助ける第二戦線の役割を果たしている。第二戦線と言えばソ連―ロシアは、その価値を熟知している。第二次世界大戦中、ソ連はドイツ侵攻軍の圧力を緩和するため米英が西側からドイツに攻め込む第二戦線を求め続けた。経緯は色々あったが、米英軍は43年7月にイタリア、44年にはノルマンディー上陸作戦を行った。第二戦線がなければソ連の「大祖国戦争」は、はるかに困難、長期なものになっただろう。

次に長期目標、「アメリカ覇権の終幕」の方はどうなっているのか。10月27日に行われた国連総会「中東休戦決議」(ヨルダン案)への投票結果に、世界の利害関係が凝縮されている。「テロ非難がない」と反対したのは米国、イスラエル、オーストラリア、ハンガリーなど14か国。賛成は、アラブ諸国、多くのアフリカ諸国、ロシア、中国、フランス、タイ、モンゴル、インドネシアなど121か国にのぼり決議は採択された。

少数派に転落した米国

イスラエル問題とはいえ米国は、国際世論の場で少数の側に押しやられた。この背景には米ロ、米中の対立が深まるほどグローバル・サウスと呼ばれる77か国は得をするという構造がある。対中国経済制裁が強化された2018年以降、同国に投下されていた西側資本、生産設備は、急速に東南アジア諸国、中米に移転している。

18年から21年、米国への輸出額は、国別伸び率でカンボジア、ベトナム、マレーシア、インドネシアの順だ。つまり対ロ、対中制裁参加国ほど損し、中立国ほど得している。

加えてグローバル・サウス諸国を自陣営に引き入れようと米、中から盛んに援助の申し出が寄せられている。結果、「米国に逆らえば漁夫の利を得られる」のだから米国の威信低下は必然だ。

日本は、国連総会決議でテロ非難を盛り込んだカナダ版「休戦案」に賛成、ヨルダン案に棄権した。どんな損得計算によるのだろう。