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「知」に備えあれば憂いなし

河内 孝の複眼時評

河内 孝 プロフィール
慶応大法学部卒。毎日新聞社に入社、政治部、ワシントン特派員、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て退社。現在、東京福祉大学特任教授、国際厚生事業団理事。著書に「血の政治―青嵐会という物語」、「新聞社、破たんしたビジネスモデル」、「自衛する老後」(いずれも新潮社)など。

自民党総裁選狂騒曲の行方
-政権〝投げ出し〟の後に来るもの-2021.09.11

辞めてゆく人には、温かい声をかけてあげたいものだ。しかし、菅政権末期、目を覆うばかりの七転八倒には言葉を失った。

国会審議はパスして総裁選を優先。その後、党内の雲行きが怪しくなると一転、人心収攬(じんしんしゅうらん)を図って役員改選、内閣改造に打って出る。が、落ちた犬に手を差し伸べる人はいない。泥船に乗る人もない。思い詰めて総裁選前の解散を狙ったが、「殿ご乱心」の総スカン。ギブアップ、ゲームセットとなった。

この阿修羅劇、既視感がある。1974年11月11日、金権疑惑で追い詰められた田中角栄首相は急きょ、内閣改造、役員人事に打って出たが裏目に出た。居直りの「中央突破」策に世論、党内の反発が渦巻き、28日後、退陣に追い込まれた。

一連の騒動の幕開けは、8月20日。この日、流れた党独自の全国調査で「菅義偉首相では選挙に勝てない」ことが歴然となり、所属議員に「落選パニック」が走った。

二日後の横浜市長選挙で菅首相が推す小此木八郎候補(前国務相)が惨敗。恐怖のシナリオは現実となった。今年行われた首長選挙、衆参補欠選挙で自民党は8敗2勝。菅総裁の下で本気で総選挙に突入するのか? 議員、支持者に不安と、失望が広がった。

当初、総裁選前の解散断行が菅首相の目論だった。多少は議席が減っても自公で過半数を抑えれば、政権は守れる。直後の総裁選に対抗馬は出にくいから事実上の信任投票になる、と読んだ。

しかし、五輪後も菅政権の支持率低下は続く。コロナ感染、病床確保も悪化の一途。そこで総裁選先行、総選挙後回しへと作戦を変更する。党内最大派閥、安倍晋三前首相が事実上のオーナーである清和会(97人)から順に第二勢力の麻生派(54人)、幹事長率いる二階派(47人)の支持を取り付ける。

流れができれば、あえて現職総理・総裁に立ちふさがる者は出てこないだろう、と踏んだ。

自民総裁選挙の行方は?

この戦略、滑り出し好調に見えた。党員に人気のある石破茂元幹事長は、脱落を示唆し、小泉進次郎、河野太郎の若手コンビも抑え込んだ。後は清和会と、麻生派からの公式支持表明を待つだけというとき、岸田文雄前政調会長が「選択肢を広げ執行部を刷新する」と手を挙げた。これに対しても即、二階俊博幹事長更迭という「争点はずし」でかわした。一見、鮮やかなカウンターに見えたが、結果的に致命傷となった。後任幹事長を指名できないまま党内で唯一、最大の味方を失ってしまった。

菅退陣に至る政局構図は単純だ。「菅再選は自民党の悪夢、野党のベスト・シナリオ」というパラドックスだ。自民党にとっての最適解は自明だった。酷なようだが「やはり野に置けレンゲソウ」という言葉を思い起こしてしまう。その器ではなかったのだ。むしろ罪なのは安倍前首相だ。自分の都合で残務処理を党内基盤もなく、宰相学の蓄積もない一官房長官に押し付けたのだから。

さて、選挙の今後だ。現段階(9月6日)では立候補者の顔ぶれも確定してないし予測は難しい。「岸田凡人、河野奇人、石破怪人プラス魔女二人」などと評する人もいる。この顔ぶれなら一回の投票で決まらず決選投票にもつれ込む公算大。総選挙直前とあって派閥の統制力が複雑骨折する中、「なんでもあり」の多数派工作が29日まで渦巻くだろう。選挙後、党内権力構図も大きく変わるのではないか。

他方、野党にとっては、最悪のシナリオ展開となった。約1か月間、マスコミの注目が総裁候補者たちの言動に集まる。挙句、新総裁、新体制誕生の熱気の中で総選挙を迎える。その意味で菅氏には、「辞めて党に恩を売った」という評価が残るかもしれない。