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「知」に備えあれば憂いなし

河内 孝の複眼時評

河内 孝 プロフィール
慶応大法学部卒。毎日新聞社に入社、政治部、ワシントン特派員、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て退社。現在、東京福祉大学特任教授、国際厚生事業団理事。著書に「血の政治―青嵐会という物語」、「新聞社、破たんしたビジネスモデル」、「自衛する老後」(いずれも新潮社)など。

日本の不都合な真実①2020.01.21

-少子化対策に待ったなし、だが…-

ドイツ留学後、英国に移り日本人留学生を受け入れている大学の理事を務める友人がいる。だいぶ前のことだが彼の家に招かれた。ドイツ人の奥さんとの間に生まれた娘さんも年頃を迎えていた。夕食後、彼女に聞いた結婚観が印象に残っている。

「そりゃあ好きな人もいるし、いずれ子供も作るだろうけど結婚は考えたこともない。制度に縛られるのがいやだから」。こう話す娘を夫婦もうなずいて聞いていた。

北欧ほどでもないが英国でも婚外婚、別姓婚、婚外子はごく普通になった。生まれた子供に対する育児手当、保育、教育補助、税制など社会的差別もない。先進国で出生率が反転、合計特殊出生率が2パーセントに近づいている国を「緩少子国」と呼ぶ。北欧諸国、フランス、オランダ、英国などがこのグループに入る。

一方、日本、ドイツ、イタリア、韓国など合計特殊出生率が1.5パーセント以下の国は「超少子国」と呼ばれる。2019年、日本の出生数は86万4000人、合計特殊出生率1.4パーセントまで落ち1899年に統計を取り始めてから初めて90万人を割った。1949年に出生数270万人、合計特殊出生率が4.54パーセントであったことを考えると驚かされる。当然、少子化に反比例して高齢者が増加している。若者4人が1人の高齢者を支える「騎馬戦型」から1人が1人を支える「肩車型」に社会構造が急速に変化しているが、その備えはお寒い限りだ。

第1次大戦で主要戦場となったフランスでは人口約4000万人(当時)のうち596万人が戦死、戦傷する被害を受け、「世界で最も未亡人の多い国」と呼ばれた。このため政府はアルジェリアからベトナムまで仏植民地からの労働力移動を促進すると同時に家族生活に関わる諸困難を解消するための制度的、社会的システムを変革して、出生数の改善に努めた。結果、ほぼ100年かけて合計特殊出生率は、人口を維持する最低限の2パーセントに近づいている。半面、移民と地域住民との摩擦、経済格差による社会的緊張など負の側面も受け入れざるを得なかった。

全ての手を打っても20年

無論、婚外婚、婚外子に対する国民的な理解と手厚い補助だけで出生率が改善するわけではない。バブル経済が崩壊した1990年以降、日本では未婚率が急上昇している。2015年の統計では、30歳前半で未婚の人は男性47パーセント、女性34パーセント。結婚意思のある未婚者に、1年以内に結婚するとしたら何が障害になるか尋ねたところ男性43.3パーセント、女性41.9パーセントが「結婚資金の不足」と答えている。過去30年に及ぶ経済停滞による所得格差、若年層の貧困が大きく影響しているのだ。これは既婚者も同じで夫婦が理想の子供人数を持たない理由の第1位(56.3パーセント)が「育児、教育にお金がかかりすぎる」である。

より深刻なのは日本人男子の精子数が、1940年代は1cc当たり平均1億5000万あったのに対し90年代以降4000万まで激減していることだ(日本産婦人科学会調べ)。食品摂取による環境ホルモン、残留農薬などの影響などが指摘されており先進国共通の傾向ではあるが、日本の減少率が特に高い。結果として日本では10組に1組のカップルが不妊症となっている。

このほかにも1998年以降、10代前半から20歳代までの自殺者数が増加している。人口10万人当たりの死亡者数は20人前後で、世界18位だ。また各国で抑制措置が取られている人工中絶も国内では「経済的理由」により簡単に受けられ、年間16〜18万人が水子となっている。以上述べた課題に直ちに取り組みを始めても結果が出るには20年近くかかる。これが人口問題の深刻さだ。