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「知」に備えあれば憂いなし

河内 孝の複眼時評

河内 孝 プロフィール
慶応大法学部卒。毎日新聞社に入社、政治部、ワシントン特派員、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て退社。現在、東京福祉大学特任教授、国際厚生事業団理事。著書に「血の政治―青嵐会という物語」、「新聞社、破たんしたビジネスモデル」、「自衛する老後」(いずれも新潮社)など。

安倍政権評価の難しさ
-フリーズしたままのアジェンダ-2022.09.01

安倍元首相が凶弾に倒れて1か月半が経った。自分なりに「安倍晋三とその時代」について考えているのだが、論の基礎となる縦横の軸が定まらず困っている。

資料は過剰なほどある。この間、膨大な量の追悼録、評伝、業績評価・分析、評論が新聞、雑誌、テレビ、SNS上を埋め尽くした。今後も続いていくだろう。これらすべてに目を通したわけではない。卓越した分析もあるのだが今ひとつ腑に落ちない。「木を見て森を見ない」、あるいはその逆といった印象なのである。

理由のひとつは安倍個人と、政治手法に相矛盾する要素が複雑に絡んでいるためだ。例えば人物論。安倍氏との距離感で天地の差が出る。

野党時代からの盟友、公明党の太田昭宏前代表は言う。「人の話もよく聞き、本当に優しい人で、落選中で苦労している同僚に声をかけるなど周囲に細かく気を配る人だった」(毎日新聞)。

一方、総裁選を争った石破茂氏の安倍評。「2007年参議院選挙で惨敗したのに続投するというので疑問を呈した。安倍さんにとっては、最も言われたくないことを言われたと思ったのだろう。その時から“こいつ許せない”となった」(NHK)。両方とも事実だろう。

政策、政治手法にも同じことがいえる。ケンブリッジ大学のジョン・ライト教授は、BBCでこう語っている。「安倍政治の特徴は、内政にナショナリスチック(権威的国家主義)な手法を、外交的には、それと異なる現実的プラグマティズム(実用主義)を適用してきた点だ」。この違いはどこから来たのだろう。

戦後歴代政権の使命は自明だった。講和、東南アジア賠償、安保改定、日韓条約、沖縄返還、日中国交回復まで息つく間もなく課題が山積していた。これらを順に取り組み、達成することが業績であった。

言い換えれば日中国交回復以降の内閣は、自らの使命、目標を内外に示す宿命を負ったといえる。大平政権の「田園都市構想」、中曽根内閣の、「戦後政治の総決算」などがそれである。

2007年1月、戦後最年少52歳で内閣総理大臣に就任した安倍晋三氏は、「戦後レジームからの脱却」を掲げた。日本に残る戦後色を払しょくする、というのだ。ここから、「国を愛し誇りを持たせる」教育改革、2013年の靖国参拝、安保法制改正の強行、改憲に向けた行動に出る。復古色の強い権威的、国家主義的な政治姿勢は、摩擦と反発を招いた。

一方、外交に関しては、(隠さぬ嫌韓観を除き)リアリズムに徹した。具体的には、勃興する中国に対抗しアメリカを支え、インドから豪州まで巻き込んだ一種の封じ込め体制(インド・太平洋戦略)を推進した。

これは、「世界の警察官」の重荷に苦しむ米国、特にワシントンの日本専門家たちが、提唱してきた政策を前のめりに丸呑みしたものだ。米国、豪州のみならずNATO諸国からも安倍外交の評価が高いのは当然である。

現実的な外政と、ナショナリスティクな内政とのギャップはこうして生まれた。

正しい評価は50年かかる

さらに評価を難しているのは、安倍氏が提唱したアジェンダの多くが“進行形”のまま凍結状態にあることだ。 

政権の最優先課題と言い続けた北朝鮮による拉致問題は、解決の糸口も見えない。経済再生の3本柱、アベノミックスはどうなったか。第2次政権発足時(2013年)の実質GDPが52兆8000億円、22年の推定値は54兆9000億円だから経済はさび付き停滞したままだ。この間、世界競争力ランキングは台湾7位、中国17位、韓国27位に対し34位まで落ち込んだ。

ライト教授は「安倍政権の政策は、実体を伴うというよりメッセージ性の強いアピアランス(見た目)重視だった」とも語る。

前出のインタビューで石破氏は、「政治家の歴史的評価には50年かかる。好きだった、嫌いだったなど個人と関係した人がいなくなって初めて客観的に評価される」と語っている。至言かも知れない。