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「知」に備えあれば憂いなし

河内 孝の複眼時評

河内 孝 プロフィール
慶応大法学部卒。毎日新聞社に入社、政治部、ワシントン特派員、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て退社。現在、東京福祉大学特任教授、国際厚生事業団理事。著書に「血の政治―青嵐会という物語」、「新聞社、破たんしたビジネスモデル」、「自衛する老後」(いずれも新潮社)など。

ウクライナ、コロナ、党大会
-習近平主席を悩ませる難問-2022.05.01

国連のウクライナ侵攻非難決議(3月3日)に反対したのは、ロシアを除けば北朝鮮、ベラルーシ、中東エリトリア、シリアだった。一方、隣接する中央アジアのカザフスタン、キルギス、タジキスタンは棄権、ウズベキスタン、トルクメニスタンは「無投票」を選択した。いずれもロシアが主導する旧ソ連邦6か国のGSTO(集団的安全保障条約機構)メンバー国である。

特にウクライナと並び帝政ロシアの一部であったカザフスタンが棄権したことは、意外に受け取られた。現政権が1月に起きた反政府暴動をロシア空挺部隊に出動要請し鎮圧した“恩義”から「反対」して当然と思われたからだ。同国は、ロシアからのウクライナ派兵要請も断った。

中央アジア5か国がロシアから距離を置く裏には中国の影がある。具体的には、「一帯一路構想」の停滞だ。中国史上版図を最大に広げた清朝、乾隆帝の遺業を継ぐ中華圏実現のためには、中央アジアを貫通する大交通網の整備が不可欠。それがウクライナ侵攻で当面、頓挫した。面白いわけはない。

沿線国も中国―欧州大動脈の建設や開設に伴う経済的恩恵への期待が高かった。コロナ不況下、何かと援助の手を差し伸べているのも中国である。つまり、5か国の投票行動はロシアよりも中国をそんたくした結果だったといえる。

習主席にとって頭の痛いのは、一帯一路だけではない。台湾解放、米国を抜き世界一になるという「中国の夢」実現も、不透明感が増している。これらの目標こそ今秋党大会で習近平再選を正当化する大義名分になるはずであった。

悪いことは続く。今、習主席にとって「夢」以前に大きなつまずきとなりかねない問題が発生した。上海、瀋陽などでの「ゼロコロナ」政策の破綻だ。

コロナ対応次第で政変も?

武漢で始まったコロナ感染。中国は徹底したロックダウンで抑え込みに成功したと内外にけんでんしてきた。世界に冠たる「ゼロコロナ」こそ偉大な指導者、習主席の偉業として「3つの夢」に代わり党大会でうたい上げられるはずだった。

ところが、中国経済の中心、人口2700万人の上海で感染爆発が発生した。ロックダウン下では時に玄関を溶接してでも住民を閉じ込め、全員陰性になるまで日々検査を行う。その間の生活必要物資は、委託を受けた軍、警察、ボランティアが配給する。

人口過密の上海は、超高層マンションが住居の多くを占める。これが一棟ごと、地区ごと完全封鎖されるのだから経済活動、日常生活に及ぼす影響は、想像に余りある。陽性者の隔離施設はすぐ限界を超え、医療体制や上下水処理の問題が多発している。配給にしても地域、管理人の顔、コネによって内容、回数が異なるというのだから都市生活に慣れた住民には耐えがたい日々が続く。

検査場での混乱、マンションの谷間にこだまする抗議の叫び声は読者も目にしたであろう。この混乱が党大会にも影響する政局絡みになってきたのは、公然と「ゼロコロナ批判」の声が上がり始めたからだ。

上海の最高権力者、李強書記は習近平主席の側近ナンバー1。今秋党大会では政治局常務委員、副首相となり李克強首相の後継者に内定、とみられてきた。ところが、この李書記がオミクロン株との共生を唱える学者の主張を受け会議で「上海のように2500万人を越える都市でロックダウンは不可能」と語ったと伝えられ、風向きが変わった。直後の3月28日、李書記の発言と裏腹に急きょロックダウンが強行された。

常識的には李書記の考えが現実的。とはいえ習主席の“偉業”を否定するウィズ・コロナなどと言い出されては、党大会が持たない。何が何でも抑え込むという「天の声」が優先された。

折しもワクチンメーカーからゼロコロナを推奨した医師、権力者への贈賄疑惑捜査が始まった、との情報も流れ始めた。人事に波及は、必至。中国政局から目が離せない。