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「知」に備えあれば憂いなし

河内 孝の複眼時評

河内 孝 プロフィール
慶応大法学部卒。毎日新聞社に入社、政治部、ワシントン特派員、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て退社。現在、東京福祉大学特任教授、国際厚生事業団理事。著書に「血の政治―青嵐会という物語」、「新聞社、破たんしたビジネスモデル」、「自衛する老後」(いずれも新潮社)など。

米大統領選とマスコミ2020.08.01

-「バイデン勝利」へ雪崩を打たぬわけ-

全米を覆うコロナ感染を混乱に招いている一因は司令塔がなく、州知事によって対策に大きな落差があること。これに人種差別抗議運動の広がり、トランプ大統領が連発する反中国大キャンペーンが重なる。すべてが11月の大統領選挙絡みとなって混迷深まるアメリカ政治だが、基本的に民主党バイデン候補優勢の流れは変わらない。にもかかわらず米主要メディアが「バイデン勝利」に雪崩を打たない理由は何だろう。

7月19日発表されたABCとワシントンポストの共同調査でバイデン支持は、前月比2ポイント増の55パーセント。一方トランプ大統領は、3ポイント減の40パーセントだった。保守的なFOXニュース調査でもバイデン49パーセント、トランプ41パーセントという結果が出ている。バイデン有利は、全米の支持率調査だけでなく各種属性別調査からもうかがえる。ニューヨークタイムズとシエナカレッジが行った調査(6月25日公表)では、女性票でバイデン氏はトランプ氏に比べプラス22パーセント、18〜34歳層は同34パーセント、35〜49歳層は同23パーセント、黒人層は同74パーセント、ヒスパニック層は同39パーセント、大卒白人層は同28パーセントの支持を集めている。

さらに今回の選挙では、これまでにない動きが出ている。ひとつは、トランプの固い支持層であった宗教票、南部諸州、中西部工業地帯(正確には工業衰退地帯)の動向だ。バイデン候補はアメリカ大統領候補として4人目のカトリック信徒。これを好感して一時、60パーセントあったカトリック教徒のトランプ支持は4月に48パーセントまで落ちた。またトランプ大統領が聖書を掲げ教会の前に立って人種差別抗議運動を非難したことに各宗派から強い不満が表明されている。

第二は、トランプ氏の牙城であったフロリダ、テキサスなど南部諸州、中西部のミシガン、ウィスコンシン諸州でバイデン氏がトランプ氏に対し6〜9ポイント差でリードを保っている現象だ。

NYタイムズ紙が各種調査を集計、分析した結果、7月20日現在でバイデン対トランプの支持率の平均差は9パーセントだった。この数字の重みは、過去の大統領選挙と比較すると良く分かる。過去20年、5回の選挙で支持差が最大だったのは、オバマ対マッケインの8パーセント。他の4回では平均、2〜4パーセント差でデットヒートを繰り返している。つまり保守・革新、貧富、地域差、宗教観(人工中絶の是非)などをめぐり社会が二極化、拮抗しているアメリカ政治では、大統領候補の支持に10パーセント近いビッグ・リードが生まれるのは例外なのだ。

今回、例外を生んだのは、やはりコロナ禍だ。命に係わる恐怖に肌の色も、貧富、信仰も関係ない。アメリカで雇用者は、企業が民間保険会社と契約した医療保険を利用している。コロナ禍で533万人もの雇用者が解雇され一夜にして無保険者になってしまった。この不安は想像を絶する。結果、コロナ対策でバイデン氏を支持する人が54パーセントと、トランプ氏の34パーセントを大きく上回った。

トランプが選挙結果を拒んだら

にもかかわらずマスコミ論調が「バイデン勝利へ」と雪崩を打たない理由は、三つ考えられる。第一は2016年の選挙でほとんどのメディアがクリントン勝利に賭け失敗した後遺症だ。確かにバイデン支持の質は弱い。反トランプ感情に過ぎないと見られている。

第二は、投票直前に情勢を変化させる政治的ハプニングがあるのでは、という見方。10月のトランプ・金正恩会談を予測する向きが多い。しかし、コロナ禍が収まってなければ、その効果はいかほどか?

第三は、トランプ氏がコロナ禍で選挙が郵送投票になった場合、「不正が容易で結果を受け入れない」と公言していることだ。現職大統領が選挙結果を不満として裁判を起こした例などない。予測がつかないから身動きできないでいるのだ。