河内 孝の複眼時評
河内 孝 プロフィール |
慶応大法学部卒。毎日新聞社に入社、政治部、ワシントン特派員、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て退社。現在、東京福祉大学特任教授、国際厚生事業団理事。著書に「血の政治―青嵐会という物語」、「新聞社、破たんしたビジネスモデル」、「自衛する老後」(いずれも新潮社)など。 |
全てを追って、全てを失う
ー岸田政権が支持されない理由ー2023.12.01
コロナも下火になったし、やっと秋めいてきた。そこで、久しぶりに大学ゼミのOB、OGとゴルフを楽しんだ。90歳近い指導教授も元気いっぱい。教え子の方も50〜70歳代となり“珍”プレイ、“怪”プレイの続出、笑いの絶えぬ一日だった。
ところでこのゴルフ会で、かつてない経験をした。これまで昼食時やプレイ後の懇談会で政治・政局が話題になることはまずなかった。関心がないというより自営業、会社の管理職経験者が多いから全体に保守的だ。「自民党には不満もあるが他に選択肢もなし。まあ政治が安定して、株価が3万円を割るようなことがなければいい。野暮な話はやめよう」というのがこれまでの雰囲気だった。
ところが今回は様子が違った。会う人ごとに、「岸田首相は何を考えているのか。彼で大丈夫なのか」「岸田の後は誰になる?」と語り掛けられ、昔の政治記者である私も答えに詰まるほどだった。改めて一時的でない構造的ともいえる岸田内閣の不人気さを実感させられた。
報道各社は、内閣の支持率調査を毎月行っているから中下旬にかけ数字のオンパレードが続く。最近では、11月20日付朝日新聞社調査で「支持する」が25%(前回比マイナス4)、「支持しない」が65%(同プラス5)となった。岸田政権発足以来の低支持率。自民党が2012年、政権に復帰して以来の低水準でもある。
岸田首相が「信頼できない」と答えた人が67%もいる。「支持できない理由」への答えを見ると、「政策に期待できない」が66%でトップ。岸田政権が臨時国会に臨む政策の目玉は減税と現金給付だが、これを「評価する」は28%、「しない」が68%に達している。
これまで減税は常に政権浮揚のカンフル剤だったものが今回は何故、裏目に出たのだろう。回答欄を一読すると明解だ。この時期の減税・現金給付は「政権の人気取り」と見なしている人が76%、「国民の生活のため」と答えた人は、19%に過ぎない。今回の減税と、将来の防衛増税は「矛盾しない」との首相の説明に「納得できない」人が74%いる。
つまり国民の多くは「信頼できない」首相による今回の減税・現金給付は「政権の人気取り」に過ぎず評価できない。むしろ将来の大増税の前触れに過ぎないと身構えているのだ。この予感は、来年度予算編成が進む中で具体化される介護保険料率の引き上げ、年金給付率の引き下げなどで確信に変ってゆくだろう。
各種調査で特に筆者の目を引いたのは、10月末のテレビ朝日調査結果だ。政党支持率、減税への評価などについては、他社調査と大差ない。ただ同調査では、今回の減税・現金給付を「評価しない(56%)」と答えた人を対象にその理由を聞いている。
最も多いのは「人気取りだから」41%。次いで「財政への懸念がある」を26%の人が挙げた。世論調査への回答で「財政への懸念」がこれほど有意に出たのは、初めてではないだろうか。
朝三暮四にはだまされない
GDP(国内総生産)に占める国債依存度(国の借金)は、既に太平洋戦争当時の水準を越えている。円安というより“円弱”で購買力はガタ落ち、つまり物価高だ。「このままでは大変なことになる」。国民は、先刻承知なのだ。
今の岸田減税なるものは中国の故事、「朝三暮四」を思い出させる。「エサは朝3個、夕4個」と言うと猿が怒った。それで「朝4個、夕3個」と言い換えたら喜んだという話だが、こんな手口に国民は、だまされない。
首相は2021年7月、自民党総裁選出馬に際して「国民の声を聞く政治を目指したい」と語った。聞くのは結構だ。しかし、一億人の声を全部聞いていたら何もできなくなる。聞いた上で、「これしかない」と決断、断行する。その結果に国民が「ノー」と言えば潔く身を引く。その覚悟があって初めて信頼が生まれる。