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「知」に備えあれば憂いなし

河内 孝の複眼時評

河内 孝 プロフィール
慶応大法学部卒。毎日新聞社に入社、政治部、ワシントン特派員、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て退社。現在、東京福祉大学特任教授、国際厚生事業団理事。著書に「血の政治―青嵐会という物語」、「新聞社、破たんしたビジネスモデル」、「自衛する老後」(いずれも新潮社)など。

総括されていない参院選挙の結果2019.08.21

-民意を無視して次には進めない-

参議院選挙が終わって早や1か月。世の関心は内閣改造人事や次の解散時期に移っている。しかしこの選挙、誰が勝って、誰が負けたのかの清算は付いているのだろうか。

選挙後数多くの解説、分析が行われその多くを見てきたつもりだが今ひとつ胸に落ちてこない。ひとつの理由は、既存マスコミが集団催眠にでもかかったかのように勝者と敗者を取り違えているからではないだろうか。

今回の選挙ではいくつかの誤解がまかり通っているが最大のものが「敗者なき選挙」というレッテル貼りだ。

自民党安倍総裁、「国民の皆さまから力強い信任をいただいた」。枝野立憲民主代表、「議席の倍増という結果をいただき、衆参とも野党第一党の責任を負うことになった」。公明党山口代表、「わが党の大勝利は、党の存在感をさらに発揮してもらいたいという強い期待の表れ」。玉木国民党代表、「8名のわが党議員が誕生し、現有を維持した」。共産党志位委員長、「低投票率のもと、比例得票で448万票を、得票率8.95パーセントを獲得し、前回選挙と比較して前進した」。

獲得1議席に終わった社民党を含め誰も負けを認めていない。むしろ得票数、議席で躍進した日本維新の松井代表のみが、「消費税ノー、身を切る改革を訴えたが、非常に微力で結果は出ていない」と述べていたのがかえって新鮮だった。

これら“大本営発表”をうのみにしたとしか思えぬマスコミは、「誰も負けなかった。ニュースは、与党議席が憲法改正発議に必要な3分の2に達しなかったことのみ」の大合唱を繰り返した。しかし、そもそも公明党は改憲勢力なのだろうか?

事実は真逆で、既存政党はすべて敗北したのだ。自民党は改選議席を9下回った。比例票で200万票も減った。総有権者数に占める得票(絶対得票率)は18.9パーセントで過去最低だった。「敗北」、もしくは「有権者からお灸」といった判定が正しい。公明党が3議席増やしたのは事実。しかし比例票は100万票以上も減らし、九州、東北の減少率は3割を超えた。支持層の高齢化が顕著で、「大勝利」には程遠い。

立憲民主党に至っては、「野党第一党になる」という内ゲバの論理では勝ったかもしれないが、前回、民進当時の議席を割り込み、タレント候補者群は討ち死にした。野党統一候補を応援するのに、「鼻をつまんで投票してほしい」(枝野代表)と言われて誰が投票するのか、本末転倒だ。共産党も得票率はともかく議席を減らした。

勝者はSNSと低投票率

では勝者は誰か? 山本太郎の「令和」と、「NHK国党」と見る人もいるだろうがこれは間違い。読者の中で前回、東京地方区から出馬、25万票取った三宅洋平氏(落選)を覚えている人がいるだろうか? 「令和」には可能性を感じるが単なる“変わり種”は、すぐ忘れられる。

では勝者は誰か? 言うまでもなくSNSを駆使したネット選挙と低投票率である。今回、自民党から比例区に出た山田太郎氏は29万票獲得、自民順位2位で当選した。同氏は支持団体ゼロ。インターネットでアニメ、マンガの表現の自由、ネット投票実現を訴えた。自民3位の和田政宗氏もSNS選挙に徹した。ネットは票にならないのでなく反応を丁寧に追い、街頭活動とミックスし受け手とのつながりを重視することで選挙のパラダイムを変えた。

悪魔のような勝者は低投票率だ。これによって自民、公明、共産といった比較的固い支持層を持つ政党は「勝ったふり」ができた。既成政党を見放した無投票派が既成政党を助ける。これがアイロニーに満ちた選挙総括だ。