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「知」に備えあれば憂いなし

河内 孝の複眼時評

河内 孝 プロフィール
慶応大法学部卒。毎日新聞社に入社、政治部、ワシントン特派員、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て退社。現在、東京福祉大学特任教授、国際厚生事業団理事。著書に「血の政治―青嵐会という物語」、「新聞社、破たんしたビジネスモデル」、「自衛する老後」(いずれも新潮社)など。

米大統領選挙直前情報2020.11.01

-大統領が決まるのは年明け?-

本号が読者の手元に届くのは11月1日以降である。当然、3日(日本時間4日)に投開票されるアメリカ大統領選挙の勝敗は定まっていない。しかし今回、開票後数日間で新大統領が決まると考えている人は、まずいないのではないか。では、いつどうやって新大統領は決まるのだろう?

民主党全国大会が終わった8月下旬、ニューヨークタイムズのコラムニスト、フランク・ブルニー氏は、「バイデンが勝つには、地滑り的勝利するしかない」と書いた。彼は、「2016年選挙でヒラリーは一般投票でトランプに対し300万票以上勝ったが、州別の選挙人獲得で敗れた。民主党支持者は、それを不満に思ったり批判する前に“なぜ500万票以上の差をつけられなかったのか”を自問するべきだ」と言う。確かに全米で1億人以上が投票する選挙で、500万票(0.5パーセント)以上の差をつければ、僅差で敗退したウイスコンシン、ペンシルバニア、ミシガン州で勝てただろう。つまり、「自分が勝つという結果以外、受け入れないと決心しているトランプを倒すには圧倒的、地滑り的勝利しかない」と言うのだ。

トランプは、2000年のジョージ・W・ブッシュ対アル・ゴア選挙と、その後の裁判を徹底的に研究して2016年選挙に勝った。一方、民主党は8年続いたオバマ政権に安住して戦訓を学ばず敗れた。2000年選挙とは、どんな選挙だったのだろう。

この大統領選挙での一般投票結果は、ゴア候補がブッシュに対し54万3800票余り勝った。しかし、選挙人25人を抱えるフロリダ州で最終的にはわずか150票差でブッシュが勝利、選挙人271人を獲得して(ゴアの獲得数は266人)第43代大統領になった。一般投票で負けた候補が大統領になったのは、1888年ベンジャミン・ハリソン(共)以来112年ぶりだ。トランプは、この選挙に米国改革党から出馬、同党予備選でパット・ブキャナンに敗退したが経過を注視していた。

ゴア陣営は、直ちに選挙結果無効と再集計を求めフロリダ州最高裁に提訴。公判の過程では事前投票の扱い、郵送投票の扱いミス、機械式集計の誤りなどが指摘され州最高裁は12月8日、4対3で手作業による再集計を命じた。これに対しブッシュ陣営は連邦最高裁に緊急提訴、最高裁は12日、5対4で「異なる郡で異なる計数基準を用いることは平等原則に反する」として手作業再集計の停止を命令、ブッシュ勝利が確定した。

21年1月20日が運命の日か?

これに学んだトランプ陣営の2016年選挙戦術は、こうなった。(1)国全体での集票数にこだわらない。大金をかけた全国向けTV・CMより個人、地域にメッセージの届くSNSを重視する。つまり広く、弱い支持より、特定地域、階層の強い支持を掴む(2)民主党有利と思われている4〜5州の激戦州を逆転すれば選挙人獲得で勝てるから、そこでは相手に警戒されない事前投票、郵便投票を徹底する――。何のことはない、今トランプが攻撃している手法は、彼の得意技だったのだ。

冒頭述べた「圧倒的、地滑り大差」が実現せず、比較的僅差でバイデン勝利となった場合どうなるか? トランプ陣営は、あらゆる手段を使って法廷戦略に出るだろう。到底、年内に結論は出ないかも知れない。仮に21年1月6日の選挙人集計までに確定しない場合、民主党多数の下院が新大統領を選出する。これも拒否、20日の就任式になってもトランプがホワイトハウスに立てこもった場合、大統領代行となったナンシー・ペロシー下院議長(民)が連邦軍を使って追い出す可能性すらある。

何故トランプは、そこまで抵抗するのか? 消息筋は脱税追訴を恐れ権力に執着せざるを得ないからとみる。トランプの節税法は、法人、個人とも多額の負債を積み上げ、その分を税控除するという手法だが返済期限は20年代前半に集中している。破産か、アル・カポネのように国税庁(IRS)に追訴されるか。進むも引くも地獄なのだ。