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「知」に備えあれば憂いなし

河内 孝の複眼時評

河内 孝 プロフィール
慶応大法学部卒。毎日新聞社に入社、政治部、ワシントン特派員、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て退社。現在、東京福祉大学特任教授、国際厚生事業団理事。著書に「血の政治―青嵐会という物語」、「新聞社、破たんしたビジネスモデル」、「自衛する老後」(いずれも新潮社)など。

五輪延期の政治学2020.04.11

―安倍花道論を狂わせたコロナ禍―

東京五輪1年延期を決めた先月24日の安倍首相とバッハIOC会長との電話会談。小池都知事、橋本五輪担当相らと同席していた森組織委員長は、「これは大きな賭けだ。もし1年後に開催できなければ、政治的にも大変な事態になる」と天を仰いだ。

賭けの目がどう出るかは、3つの要素の成り行き次第だ。第一は無論、新型コロナウイルス禍収束の見通し。第二は、1年延期という判断の妥当性。最後が国内政治日程、なかんずく安倍自民党総裁任期(来年9月)との絡み合いである。

ギリシャ、オリンピアのヘラ神殿で聖火の採火式が行われた3月12日夜、安倍首相と小池知事は首相官邸で向かいあった。会談後、発表されたコメントは、「新型コロナ感染の対策を協議」というもの。しかし、官邸を出る際の取材に小池知事が、「五輪中止という選択はないのではと思う」と答えた通り焦点は東京五輪をどうするか、だった。

まだ物事がスケジュール通りと思われていた2月下旬、首相の腹を知りうる関係者は、こう断言した。「まずは五輪をきちんとやりとげる。その後、景気情勢にもよるが総選挙に踏み切ってもいい。五輪後の早期退陣、禅譲はあり得ない。任期一杯務める。しかし4選も考えてない。来年の総裁選は岸田、菅みんな出ればよい。力比べだから勝ち抜いた者がポスト安倍だ。しかし、安倍さんは石破だけはノーなんだ。だから石破優勢となれば全面的に介入するだろう」。つまり、地方党員による予備選で石破氏が勝った場合、国会議員による本選は反石破連合を形成して破るというのだ。

ところがコロナ禍は欧米に飛び火、アスリートからも「断固開催」にこだわる日本に批判が集中した。断固開催論の外堀、内堀はあっという間に埋められ政府は、延期か中止かの選択に追い込まれた。安倍首相にとって最悪の事態は、中止もしくは2年延期だ。レガシーつくり(花道)に向けた政治スケジュールが根底から崩れてしまう。

そこを見て小池知事は、勝負に出る。7月の都知事選に勝てば最悪2年先の開催も許容範囲の知事と、1年延期のカードしかない首相との“時差”が取引材料となった。1年延長論に乗って恩を売る代わり3月末の都予算案採決で自民党が支持に回り、知事選挙にも対抗馬を出さないという駆け引き。会談後、自民党は小池都政下で初めて予算案に賛成した。

延期判断のツケは?

問題は猛威を振るう新型コロナウイルスが1年以内に収束するかどうかだ。ある学術研究によると、コロナウイルスは気温が27度以上になると感染力が低下するという。日本を含む北半球の多くは、6月を過ぎれば27度以上になるだろう。ただ問題は南半球。この時期から本格的な冬、つまり感染シーズンに入る。しかも、中東、アフリカなどでは経済・社会的に多くの問題を抱え、医療体制が不十分な国が多い。仮に来年になっても世界的に収束の気配が見えなければ、「完全な形の開催」は不可能になる。

最も望ましいのは、有効なワクチンが開発され世界中に行き渡ることだ。しかし最前線を走る欧米の医薬メーカーでもやっと動物実験を始めたばかり。治験を終え、市場に出回るのは来年以降になる見通しだ。

正直、筆者は、五輪延期が1年間か、2年間かに関心はない。それよりわずか数週間で感染者、死者が倍々ペースで増え、医療崩壊を起こしたニューヨークなどの都市群。その状態を見ると、五輪開催、延期の駆け引きで浪費された数週間が、日本人の健康にとってあまりにも貴重な時間の浪費ではなかったのかと憂いているのだ。