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「知」に備えあれば憂いなし

河内 孝の複眼時評

河内 孝 プロフィール
慶応大法学部卒。毎日新聞社に入社、政治部、ワシントン特派員、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て退社。現在、東京福祉大学特任教授、国際厚生事業団理事。著書に「血の政治―青嵐会という物語」、「新聞社、破たんしたビジネスモデル」、「自衛する老後」(いずれも新潮社)など。

ハリス副大統領は勝てるのか
ー調査に出にくい人種と性差別ー2024.09.01

米民主党大会初日の主役は、去り行くバイデンではなく2016年の大統領候補、ヒラリー・クリントンだった。「(米国女性にとって)最も高く、硬いガラスの天井にひびが入った。その先に自由が見える」と演説を終えると会場は、歓声に包まれた。

急遽、大統領候補となったハリスだが善戦している。全国調査でもトランプを僅差でリード。選挙結果を左右する激戦7州でもネバダ州を除けばハリス優勢となった。特に興味を引くのは、バイデン対トランプの「老老対決」に嫌気がさし、いずれも拒否という、「ダブル・ヘイター」層の3割以上がハリス支持に回っている点だ。

陣営としては党大会で勢いをつけ9月、トランプとのテレビ討論を検察官らしい舌鋒で圧倒して有利な流れを確実にしたいところだ。しかし実際の情勢は全く分からない。未だ多くの国民(特に男性)が、「女性で有色人種の大統領誕生」に強い拒否感を抱いているからだ。奥深い差別感、一種のタブーだから公の争点にはなりにくい。世論調査にも表れにくい。

米国で副大統領が大統領になることは珍しくない。バイデン自身もそうだが過去46代の大統領のうち15人が副大統領経験者だ。ケネディ→ジョンソンは、暗殺の結果。ルーズベルト→トルーマンのように大統領病死による例。ニクソン→フォードは、スキャンダルでの前任者辞任を受けてだった。

一方でジョンソン辞任を受け出馬したハンフリー副大統領や、ニクソンの残任期間を務め上げ、選挙に臨んだフォードのように惨敗した人もいる。トランプ政権のペンスもそうだが副大統領は、個性的な大統領候補とバランスを取るために穏健で、八方美人タイプから選ばれることが多い。こういう人がいざ大統領候補となると、物足りなさが目立ちブームが起きにくいのだ。

米大統領に残る最後のタブー

ではハリスはどうか。仮にバイデンが2期8年間、大統領職を務め上げたとして、すんなり後継指名されたかどうかは疑問だ。

過去、米大統領選挙では、多くの「初めて」が生まれてきた。ケネディは「初めてのカソリック教徒」大統領だったし、レーガンは、初の離婚経験者だった(二人目はトランプ)。いうまでもなくオバマは「初めての黒人大統領」だった。しかし過去、二つの「初めて」が重なったことはない。

ヒラリーは、白人で東部財界の令嬢、大統領夫人、国務長官でもあった。絵に描いたようなエリートがトランプに敗れた理由のひとつに、「ジェンダー・ギャップ(性差別)」があったことは間違いない。

トランプ対ヒラリーの選挙から8年。米社会に二つの「初めて」を受け入れるだけの成熟、寛容さが育ったならば結構だが、風潮は、むしろ逆に動いているように思える。だからこそ民主党内でハリスが選ばれたという逆説も成り立つ。

7月8日にバイデンが選挙戦からの撤退を表明した時点で民主党内には敗北感が漂っていた。限られた運動期間で新人候補をどう売り込むのか。莫大な選挙資金をどう集めるのか。だから筆者が本欄7月11日号であげたニューサム・カリフォルニア州知事など有力候補は、早々とバイデン後継を固辞、次の2028年に的を絞った。

民主党議員団にしてみれば大統領選も大事だが、より切実なのは、負け犬バイデンのあおりで大統領選と同時に行われる上・下院選で「自分が落選」する恐怖だ。結果的に、他の選択肢がない、「バイデン・ハリス選対」で集めた資金を継続的に使える、若くて民主党候補応援のため飛び回れるだろう――という逆算から「ハリス擁立」が決まった。

確かにハリスは、想定以上に健闘している。とはいえ二つの壁(タブー)を突破できるかどうかは依然、疑問。「ハリスはいつから黒人になった。インド人(系)ではなかったか」というトランプの二重の人種攻撃は、下品で腹が立つがすこぶる効果的なのだ。