河内 孝の複眼時評
河内 孝 プロフィール |
慶応大法学部卒。毎日新聞社に入社、政治部、ワシントン特派員、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て退社。現在、東京福祉大学特任教授、国際厚生事業団理事。著書に「血の政治―青嵐会という物語」、「新聞社、破たんしたビジネスモデル」、「自衛する老後」(いずれも新潮社)など。 |
米大統領選、直前情勢
ー場外乱闘に発展する可能性もー2024.11.01
予備選の運動期間も入れれば一年半余り。長丁場の米大統領選挙は日本時間の11月6日に投票日を迎える。
全米での支持率ではカマラ・ハリスがギリギリ上回っているが、これで判断することはできない。いうまでもなく米大統領選挙は、全米での獲得票数を争うのでなく、各州別に選挙人を争奪するレースだ。その州で一票でも多く取った候補が人口比で割り振られた選挙人を“総取り”する。
だから2016年選挙では、ヒラリー・クリントンが全米得票数でドナルド・トランプを200万票近く上回ったのに敗北した。同様のケースは過去5回あるが、国論分裂状態と言える近年増えている。2000年のブッシュ・ジュニア対アル・ゴアの戦いでは票差で54万票ゴアが上回った。しかしブッシュは、全米で3番目、29人の選挙人を抱えるフロリダ州を僅差で制し当選した。
つまり、選挙の度に勝者が民主、共和党候補で入れ替わる、「スイング・ステイト」が結果を左右するようになった。ペンシルベニア(選挙人20)、ミシガン、ジョージア(16)、ノースカロライナ(15)、アリゾナ(11)、ウィスコンシン(10)、ネバダ(5)の7州である。
全選挙人(538)の15%に過ぎない7州の選挙人争奪戦が勝敗を決することに矛盾を感じないでもないが、逆に言えば他の州では民主、共和両党の強弱が固定しているともいえる。
北部のミシガン、ウィスコンシン、ペンシルバニア州では、ブルーカラー白人層の失業問題、所得格差に関心が集まる。一方、アリゾナ、ネバダ、ノースカロライナ州では、不法移民取り締まりに関心が高い。これにハリケーン被害復旧遅れに州民のいら立ちが募っている。
いずれもトランプが得意とする政権攻撃の格好の標的だ。さらにハリス陣営の頭を悩ませているのが民主党の支持基盤であった黒人、ヒスパニック層での支持離れだ。2020年選挙では、黒人層の92%、ヒスパニック層の63%がジョー・バイデンに投票した。しかし、直近調査で黒人層のハリス支持は78%、ヒスパニック層の支持は56%にとどまる。
これを反映してか最新の各種調査では激戦州でトランプやや有利の数字が出ている。しかし差は1〜2ポイント、「誤差の範囲」だ。つまり、全米の調査機関が読み切れないまま投票日を迎えることになりそうだ。
最近の大統領選挙では、「10月の奇跡(オクトーバー・サプライズ)」に関心が集まってきた。投票直前、結果に大きな影響を与えるショッキングな事件が起きる(あるいは起こす)ことだ。
サプライズは11月に起こる?
有名なのは1980年10月、現職のカーター大統領がイランに特殊部隊を派遣、米大使館に拘束された人質を解放しようと試み、失敗した事件。成功すれば再選間違いなかったが裏目に出た。2016年選挙では直前に、クリントン候補の私用メールが暴かれダメージを与えた。
今回、今のところサプライズは起きていない。しかし、サプライズはむしろ11月の投票日後に起きるのではないか。あまり注目されなかったが、10月2日に行われた副大統領候補同士の討論会で民主党ティム・ウォルズは、共和党J・D・バンスに繰り返し「あなたは前回選挙でトランプが敗れたことを認めるのか?」と問い詰めた。しかし、バンスは、「過去より将来を見よう」などとはぐらかし続けた。
トランプ自身、「選挙結果を受け入れ平和的な政権成立に協力するか?」との質問に「イエス」とは答えていない。他方、各州で機械式投票を手書きにして一枚ずつ確認するとか、郵便投票は認めないなどの訴訟を起こしている。つまり投票結果がハリス勝利なら受け入れず前回同様、闘う準備態勢に入っているのだ。
一方、ハリス支持者の中でも、「トランプ勝利なら結果を受け入れない」と答えた人が18%もいる。気に入らない結果なら受け入れない。民主主義の国で、これぞサプライズ以外の何物でもない。選挙は投票日をまたぎ「場外乱闘」になだれ込みそうな気配すら見せ始めている。