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「知」に備えあれば憂いなし

河内 孝の複眼時評

河内 孝 プロフィール
慶応大法学部卒。毎日新聞社に入社、政治部、ワシントン特派員、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て退社。現在、東京福祉大学特任教授、国際厚生事業団理事。著書に「血の政治―青嵐会という物語」、「新聞社、破たんしたビジネスモデル」、「自衛する老後」(いずれも新潮社)など。

対米かく乱戦術に出た中国
ーハイブリッド戦に日本の対応はー2021.02.01

トランプ支持者の国会議事堂占拠で首都、ワシントンが大混乱に陥った翌日の北京。外交部での記者会見に現れた華春慧報道官(女性)は、昂然と胸を張って語り始めた。

「昨年、香港における抗議活動に対しアメリカの一部の人(ペロシー下院議長)やメディアが何と言ったか覚えていますよね。中国のネットユーザーたちも今、強い関心を持って米国の騒動を見ています。何故ならこの光景は香港と非常に似ているからです。でも同じ光景に対して、何故かアメリカの一部の人とメディアは、まったく異なる言葉で表現しましたよね。彼らは、香港の光景は『美しい』と言っていませんでしたか?

そして香港政庁を襲う暴徒を、『民主の英雄』と讃えていませんでしたか? ではトランプ支持者は、死者を出しても『英雄』なのですか?」。

この会見へ賛意を伝える多くの書き込みで“これぞ中国の本音”と思われるのが次の一文。「アメリカにはこのまま混乱を続けて欲しい。じっくり眺めて楽しみたいのだ」。

中国政府の指揮下にある香港政庁も素早く動いた。7日、香港警察は安全維持法違反容疑で民主派53人を一斉に逮捕した。アメリカが動き難いタイミングを狙っての弾圧である。

より鮮明に中国政府の意図を反映しているが昨年11月28日、中国対外戦略センター(国家安全部直轄機関)のタク東昇副主任が上海市内で行った講演だ。タク氏は、バイデン氏がオバマ政権の副大統領であった時期、次男のハンター氏を通じ、「米中間のどんな問題でも2週間以内に解決できるシステムがあった」と具体例を挙げ、仲介役の人名まで明かした。

ハンター疑惑を追うニューヨークポスト紙などによると同氏は2013年、副大統領であった父と政府専用機で訪中。石油や不動産投資の国有企業・中国華信能源会長の葉簡明氏と面談した。帰国して12日後、同社系列下の投資会社BHRが設立されハンター氏はパートナーとして同社株10パーセントを保有する。

これが“Big guy”(バイデン副大統領)への献金であったというのがトランプ氏の弁護人、ジュリアーニ氏らの主張である。ハンター氏もこうした「経済活動」については認めておりウクライナでの国有企業取締役としての所得を含め連邦地検が捜査に入っている。

バイデン氏の足元ゆする中国

問題は、こうした疑惑をトランプ陣営でなく中国情報機関が暴露した点だ。漏らした以上“バイデン・ルート”は、すでに消滅しているのだろう。葉氏も2018年に汚職容疑で逮捕され消息が知れない。つまり中国にとって利用価値のなくなった情報をさらけ出すことでトランプ陣営の主張を裏付け、バイデン氏に揺さぶりをかけているのだ。議会で大統領任命が行われる直前というタイミングも絶妙だった。といってこれはトランプ陣営を助ける意図から出たものとはいえない。習主席はすでに公式にバイデン大統領当選に祝意を送っている。つまり米国の分裂に油を注ぎ、混乱を継続させることが当面、中国の利益ということなのである。

中国は昨年12月の全国人民代表会議で国防法改正案を可決した。その力点は、「東・南シナ海を含む“発展利益”が脅かされた場合、軍民の総動員も辞さない」点にある。

中国が想定しているのは、ロシアがクリミヤ半島奪取に成功した工作や、大規模サイバー攻撃で相手国のインフラ網を破壊する「直ちに戦争に至らぬハイブリッド戦」だ。これを中国軍は、「擦辺球(コーナーギリギリ)戦術」と呼ぶ。具体的には、尖閣列島支配→朝鮮半島中立化→台湾合併という大戦略を進める過程で米国の介入を防ぐことにある。そのためにはアメリカの内政が混乱しているほど好都合なのだ。「擦辺球」の第一手は尖閣諸島。果たして日本に応ずる策はあるのだろうか?