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「知」に備えあれば憂いなし

河内 孝の複眼時評

河内 孝 プロフィール
慶応大法学部卒。毎日新聞社に入社、政治部、ワシントン特派員、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て退社。現在、東京福祉大学特任教授、国際厚生事業団理事。著書に「血の政治―青嵐会という物語」、「新聞社、破たんしたビジネスモデル」、「自衛する老後」(いずれも新潮社)など。

ナゴルノ・カラバフ紛争の衝撃
-新兵器が戦争の有様を変える-2021.05.21

トロイの木馬以来、新兵器の登場は歴史を変えてきた。ゲーム・チェンジャーと呼ばれる。

ノーベルによるダイナマイトの発明(TNT火薬)や毒ガス、さらに原子爆弾などがそれにあたる。同時に銃や機関銃の発明、連装砲を備えたドレッドノート型戦艦、航空機、戦車、航空母艦、潜水艦、レーダー、精密誘導兵器の登場も戦争の様相を一変させた。両者は、一体となって進化する。例えば大陸間弾道弾(ICBM)システムは、核弾頭と精密誘導装置、原子力潜水艦の組み合わせで運用される。

現代史で「ゲーム・チェンジャー」が一斉に登場したのが第一次世界大戦である。さらに第二次世界大戦直前、新兵器の実験場となったのが、1936年から3年間におよぶスペイン市民戦争だ。共和国政府にフランコ率いる右派反乱軍が仕掛け、勝利した戦いにスターリンと、ヒットラーは積極的に介入した。特にドイツ軍が投入した装甲車両、ユンカース爆撃機を使った作戦は、後の電撃戦や絨毯爆撃の原型となった。悲惨な空爆は、それに抗議するピカソの名画、「ゲルニカ」を生んだ。

そして昨年の6週間に及ぶナゴルノ・カラバフ衝突は、ドローンと、「徘徊型自爆兵器」(通称名カミカゼ)が本格的に使われた戦闘として記憶されるだろう。「ナゴルノ・カラバフ紛争」とは何か。旧ソ連邦解体前後の1991年、南コーカサス地方のアルメニア(キリスト系多数)と、アゼルバイジャン(イスラム系多数)は、独立宣言した。両国の間には数世紀にわたり中間地、ナゴルノ・カラバフ地方の帰属をめぐる争いが続いていた。そしてソ連という重しが取れた瞬間、衝突が再発した。

無人機が有人兵器を圧倒

今回の戦闘は昨年9月27日朝、アゼル側の空爆で始まった。まず旧式、低速の複葉機がおとりとして侵入。アルメニア側の地対空ミサイル・レーダーがこれを捕捉すると、その電波を逆にたどって上空に控えていたイスラエル製「カミカゼ」が敵陣地に突入、粉砕した。複葉機のパイロットは直前、自陣にパラシュート降下している。

こうしてレーダー、対空ミサイル網を破壊、航空優勢を確保した後、トルコ製のミサイルを搭載したドローンが登場する。数機が交代で滞空27時間の能力を生かし、敵上空を高度6500メートル、時速250キロメートルで飛び続け敵陣、装甲車両などを見つけ次第、破壊しまくった。攻撃は公開された画像だけでも200回以上行われた。結果、アルメニア側は、ほとんどの航空機、300両の戦車、装甲車両、ロシア製対空ミサイルシステム「S300」4セット、トラック198両、自走砲17台を失い(ニューズ・ウィーク4月7日)完敗した。ナゴルノ・カラバフ地方のほとんどがアゼル側に併合された。

この軍事衝突の戦訓は、偵察など副次的兵器と見られてきたドローン、新登場の自爆機を主戦力として投入、戦車、対空ミサイル網、重砲といった従来型の兵器群を殲滅した点だ。一機数千万円の自爆機と廃棄寸前の旧式機で、はるかに高価なミサイルシステムや、数億円する戦車を仕留める高いコスト・パフォーマンスを誇示した。しかも無人機だから人的損害は極小化できる。

兵器を一夜で陳腐化してしまうのが「ゲーム・チェンジャー」だ。ちなみに自衛隊の10式新戦車は、開発費1000億円、単価10億円。イージス艦は、一隻5000億円もする。使い方次第だが、おもちゃのようなドローンに無力化されかねない恐怖。貧乏国にうってつけの兵器だが、使いそうな国が近くにいないか?