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「知」に備えあれば憂いなし

河内 孝の複眼時評

河内 孝 プロフィール
慶応大法学部卒。毎日新聞社に入社、政治部、ワシントン特派員、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て退社。現在、東京福祉大学特任教授、国際厚生事業団理事。著書に「血の政治―青嵐会という物語」、「新聞社、破たんしたビジネスモデル」、「自衛する老後」(いずれも新潮社)など。

まぼろしのイージス防衛
ー敵地攻撃能力を考えるー 2020.12.11

8月の本欄で、河野防衛相(当時)のミサイル迎撃ミサイル、イージス・アショアー配備計画撤回を高く評価した。しかし、その後の展開を見ると残念ながら五里霧中としか言いようがない。結局、アメリカの求める“ショッピングリスト”に従わざるを得ないわが国防衛力整備のゆがみが浮かび上がる。

「おや?」と思わせたのが11月4日の衆議院予算委員会での菅首相答弁だった。安倍前首相は退任にあたり、「イージス・アショアー代替策」と、「敵地攻撃能力の保有」について次期内閣が検討することを求める談話を発表した。これについて菅首相は、「談話は、閣議決定を経ていない。原則として効力が後の内閣におよぶものではない」と突き放した。この発言、“すわ、菅首相の安倍離れか”と政界に波紋を呼んだ。もっとも答弁の後半で菅首相は、「私の内閣においても談話を踏まえ議論を進め、あるべき方策は考えていきたい」と語っており、この答弁をもって「菅首相は安倍前首相との距離を置き始めた」という推理の根拠にするのは無理がある。

問題は、菅政権としての検討結果である。11月25日、防衛省は自民党国防部会、安全保障調査会に「イージス・アショアー代替案」を提示した。(1)イージス艦の2隻新造(2)弾道ミサイル専用船建造(3)同洋上リグ建造――など4案だが現実的なものは(1)しかなく、大塚卓国防部会長は会議後の会見で、イージス艦建造案を支持すると述べた。

この決定の是非については後に触れるが、皮肉なことに2隻新造案は、これまで防衛省が「何故、地上配備型イージス・アショアーが必要か」と説明してきた根拠を根本から覆している。当時、防衛省は陸上型で、「わが国全土を24時間、365日切れ目なく防衛することが可能」、「長時間の洋上勤務が繰り返されるなど厳しい勤務環境に置かれる洋上型イージス艦乗組員の負担が軽減」、「地上型イージス配備により(日本海に2隻くぎ付けとなっている)イージス艦を本来任務である海洋安全確保の任務に戻すことが可能になる」と、その優位性を強調してきた。

地上型レーダーを積む無理

イージス艦2隻の新造費用は、4800億〜5000億円と見積もられている。海上自衛隊が持つ最新鋭のイージス艦「まや」の調達コストは1734億円で、一隻当たり660億〜770億円も高い。これは一体、どうしてか?新造艦には、地上配備型に使うロッキード・マーチン社製のSPY―7レーダーを搭載する予定。米本土防空用の技術を使う高性能なものだが大型で大容量の電力設備、冷却装置が必要。結果として船長を数メートル伸ばし、重量も増えるというのだ。不思議なのは、米海軍の最新鋭イージス艦が搭載するレイセオン社製SPY―6は、「まや」型にも搭載できる。すでに海自が持つイージス艦にも艦体構造を変えず旧式のSPY―1型から転換もできる。何故SPY―7なのか?「すでにロッキード社に手付金の196億円を払ってしまった。契約を破棄すると総額1757億円が無駄となり関係者の責任は免れない」(関係者)と言うが、説明になっていない。

防衛省は「敵基地攻撃能力」についての検討経過も自民党に説明している。(1)ヘリ空母「いずも」型を正規空母に改修。これにより艦載するF35戦闘機に長距離ミサイルを積み敵基地をたたく(開発経費172億円)(2)C―1輸送機を電子戦専用機に改装(開発費用153億円)――などだ。

ミサイル防衛は、安全保障上必要不可欠だ。であるならば、「何から何を守る抑止力が最も有効で、国民の利益か」が最優先されなくてはならない。役人のメンツとか、米国の都合とか、まして一夜の日米首脳会談で突如決められていいわけがない。