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「知」に備えあれば憂いなし

河内 孝の複眼時評

河内 孝 プロフィール
慶応大法学部卒。毎日新聞社に入社、政治部、ワシントン特派員、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て退社。現在、東京福祉大学特任教授、国際厚生事業団理事。著書に「血の政治―青嵐会という物語」、「新聞社、破たんしたビジネスモデル」、「自衛する老後」(いずれも新潮社)など。

どうなる米大統領選挙②2019.11.11

-トランプタワー炎上中-

トランプ大統領をめぐるウクライナ疑惑が炎上中だ。同国に軍事援助を与える見返りにライバル、民主党バイデン前副大統領のスキャンダル提供を迫った事件。新しい動きが火に油を注いでいる。

前回、トランプ支持勢力の強い州の民主党議員に造反が出ることを恐れ同党指導部が弾劾決議を本会議にかけられないと指摘した。ホワイトハウスも決議がないことを、審議への証人派遣など協力を拒否する理由にしてきた。

ところがナンシー・ペロシー下院議長は先月31日、弾劾審査の決議を下院本会議にかけた。決議案は賛成232票、反対196票で可決され、民主党の造反議員は、保守的な農業州ミネソタ州のピーターソン議員と、共和党議員と接戦を繰り広げているニュージャージー州のバン・ドリュー議員の2人に止まった。民主党幹部によるとこれは、「1週間前には全く不可能と思われていた結果」(31日付けニューヨーク・タイムズ紙)であるという。

1週間で何が変わったのだろう。一つは下院情報委員会(非公開)で行われた公聴会に、委員でもない共和党議員が乱入して議事を妨害したこと。ルール違反というより、「そこまでやらないと大統領を守れないのか」との悪印象が広がり政権の支持率は一層下がった。

ペロシー議長の、「問われているのはアメリカの良心、民主主義だ」という演説も多くの人の心を打った。

第二はこの間、外交官、CIA職員らによる議会証言で、あまりにも露骨な軍事援助との取引が詳細に暴かれたことだ。2014年以来、クリミア自治共和国をめぐるウクライナ軍と、ロシア軍の支援を受けた武装勢力との戦いは泥沼化している。ウクライナ政府にとって米国大統領に逆らい軍事援助を失うことは自殺行為に等しい。その苦しい立場に付け込んで自分の選挙を有利に運ぼうとするというのは、いくら何でもあざとすぎないか。また、トランプ氏への大口献金でEU大使に抜擢された実業家が、露骨な脅しをウクライナ政府にかけたことも明らかになり民主党議員の多くが弾劾実現に確信を深めた。

流れを変えた共和党の愚挙

第三はタイミング。下院決議はハロウィーン休暇の直前行われた。全面公開でTV中継される審議は、11月最終週の感謝祭まで続く。最後の採決はクリスマス休暇直前となる。TV視聴率が最も高い時期というだけでなく、アメリカ人が最も神聖な気分に浸るホリデイ・シーズンに暴かれる大統領の犯罪というより個人利益を国家利益に優先させた見苦しい姿はどう映るだろう。

しかも上院での裁判は、来年の大統領選本番と同時進行となる。裁判と再選というダブルトラックをどう乗り切るのか。下院弾劾審議で問われるのは、以下の3点だ。まず米連邦法に定める、「外国人に選挙支援を求めてはならない」という規定に違反しているのではないかという点。第二にロシアと厳しく対決しているウクライナへの軍事援助を大統領の個人的利益に利用した、という安全保障上の疑問。最後は政権内からの内部告発の後、ホワイトハウスが行った一連の隠ぺい工作が大統領の職権乱用に当たらないか――という点である。いずれも心証は、限りなく“クロ”としかいいようがない。

毎週のように行われる各州ごとの世論調査結果を見る限り、前回トランプ氏を支持した南部、中西部の白人労働者層が雪崩を打って反トランプに回る現象は起きていない。しかし、前回選挙でも全有権者による一般投票ではヒラリー・クリントンが上回っていたことを忘れてはいけない。比較的リベラルな若年層の投票率が数パーセント上がれば先行きは全く読めなくなる。