河内 孝の複眼時評
河内 孝 プロフィール |
慶応大法学部卒。毎日新聞社に入社、政治部、ワシントン特派員、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て退社。現在、東京福祉大学特任教授、国際厚生事業団理事。著書に「血の政治―青嵐会という物語」、「新聞社、破たんしたビジネスモデル」、「自衛する老後」(いずれも新潮社)など。 |
防衛費倍増の政治学
ー国民の理解を得るためにー2023.08.21
バイデン大統領は、正直な人だ。もっとも政治の世界では、必ずしも美徳とは言えないのだが。
6月20日、カリフォルニア州での選挙資金パーティー演説がいい例だ。大統領は、まず中国習近平主席と過去12年間に82時間も一緒の時間を過ごし、そのうち60時間はサシの会談であったと胸を張る。つまり、話ができる仲というわけだ。
対中警戒感が高まる中、習近平氏との親密ぶりから演説を始めるのか、と思いつつ読み進める。すると、日本のマスコミが、そこだけに注目し、大々的に報道した日本の防衛費問題が出てくる。私なりに訳してみよう。
「(国防費をGNPの2%まで上げるよう)ヨーロッパの指導者に言ったように、日本にもそうさせたのだ。日本は本当に長いこと国防費を増額しようとしなかった。どうしたか分かるかい。私は議長?大統領?いや副かな?失礼、日本の指導者に広島を含め3回、違う機会に会った。そこで彼に納得させたのだ。彼自身、何か今までとは違うことをしなくてはならないと納得したのだ」。
原稿は、プロが用意したはずだ。「プライムミニスター・キシダ」くらい覚えてくれよ、と言いたくなる。だから、老化現象とか言われるのだ。
それにしても目下の者に指図するような言い回し、正直かもしれないがあり得ない。日本国内で大騒ぎにならなかったのか、不思議だ。
演説は続く。日本も防衛費を倍増すると約束した。米日豪印の(対中包囲網)クアッドも俺の成果だ。トランプが壊したNATOとの絆も回復した。だからか。こんな意味不明の軽口も出る。
「皆さんに約束しよう。中国を怖がらなくていい。実は心配しよう。しかし、心配はいらない」(笑い)と記録されているが、当惑した聴衆の失笑のように思えた。
「バイデン節」は止まらない。7月12日、リトアニアG7サミットの一場面。
バイデン大統領は、演説の冒頭、「まず言わせてほしい。この男が立ち上がり(と隣に座った岸田首相に握手を求め)、ウクライナを助けると予期していた人は、欧州にも北米にもほとんどいなかったと思う」。続けて、「彼は防衛予算を増やした。世界のどこであれ兵士が国境を越え他国から主権を奪えば世界全体に影響を及ぼすと理解したのだ」と称賛した。
そんなことも理解していないと思われていたのか。非軍事分野だがウクライナには、昨年から支援を行っている。こんな褒められ方をする岸田首相が可哀そうになる。
あるべき国防予算とは
こうしたいきさつで決まった(としか思えない)防衛費の倍増。順序が間違ってないか。
防衛予算の決定に基準などない。必要なら3倍かも知れないし、情勢により半分でいい。要は、周辺国の軍事能力と意図。そして自らの財政力に同盟国アメリカから期待し得る反撃能力を乗じて算出される。
今年の防衛白書は「わが国周辺では、核ミサイル武力をはじめ軍事増強が急速に進展し、力による一方的現状変更の圧力が高まっている。また有事と平時、軍事と非軍事分野の境目も曖昧になっている」と指摘する。
従って、「防衛力の抜本的強化と、それを補強する取り組みを合わせ、予算水準がGNP2%(約11兆円)に達するよう所要の措置を取る」。更に5年間で43兆円程度を確保、「これまでとは全く異なる水準の予算規模」を確保する、という。
具体的には(1)スタンドオフ(射程外)からの攻撃力強化(2)無人アセット(ドローンなど)能力強化(3)弾薬量の確保、施設の強靭化――を行う。
「これまでとは全く異なる抜本的な」という以上、時間をかけ国民各層の衆知を集めた議論をしてほしかった。その結果の「倍増」なら受け入れやすいではないか。
筆者は、防衛費増に賛成する。だが同盟国とはいえ他国の大統領から「俺がやった」と威張られて慌ててつじつまを合わせた、としか思えない成り行きは、大きな禍根を残したのではないか。