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「知」に備えあれば憂いなし

河内 孝の複眼時評

河内 孝 プロフィール
慶応大法学部卒。毎日新聞社に入社、政治部、ワシントン特派員、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て退社。現在、東京福祉大学特任教授、国際厚生事業団理事。著書に「血の政治―青嵐会という物語」、「新聞社、破たんしたビジネスモデル」、「自衛する老後」(いずれも新潮社)など。

米国の分裂極まる
-中間選挙から見えて来たもの-2022.11.21

米中間選挙が終わった。ふたを開けてみれば上院は、選挙前と同じ、ギリギリで民主が抑えた。下院は共和党が多数を取ったが議席差は、わずかだ。

結果は、事前予想の範囲内だった。にもかかわらず、「民主党善戦、共和党苦戦」の声が高いのはどういうわけか? ひとえに「共和党・トランピィスト」(狂信者)が期待をあおりすぎ、逆に民主党側が意図的に期待値を下げた印象操作の結果である。

中間選挙は歴史的に政権党に不利に働く。加えて8%を超えるインフレ、高齢で頼りないバイデン大統領の不人気――などを考えれば、共和党内に「もっと勝てたはず」とぼやきが出るのは当然だ。

共和党がトランプ効果という劇薬に頼りすぎた副作用が起きたのだ。といってトランプの支持・推薦なしには当選できなかった候補者多数がいたことも事実。同党は今後とも、大変な“鬼っ子”を抱えたまま歩んでいくことになる。

トランプの大統領選再出馬に関心が集まるが、今回の選挙が示した最大の問題は、底知れぬ米国社会の分裂状況だ。

「本気で“民主党の奴よりロシア人の方がいい”と断言する共和党支持者に何人も会った。“ひょっとすると内戦か”と背筋が寒くなりました」と語るのは在米ジャーナリストだ。

中間選挙では、上院の3分の1(33議席)、下院の435議席以外に36州で州知事、副知事、州務長官選挙なども行われた。特に選挙管理者となる州務長官選挙は、「2020年大統領選で不正が行われた」と主張するトランプ派が重視し、かつてないキャンペーンを繰り広げた。

ニューヨーク・タイムズによると上院10数人、下院110数人を含む約370人の公職選挙候補者が未だ、「2020年大統領選の勝者はトランプ」と信じており、うち210人が当選したという。選挙プロセス、結果を共有できない国家となってしまったのだ。

米国史上最大の分裂は、1861年4月から6年余り続いた南北戦争である。奴隷解放を唱える北部23州に対し、南部連合11州が戦いを挑んだ。北部工業州と南部農業州との黒人労働力争奪戦という一面もあった戦いは、双方で70万人余りの戦死者が出る空前の惨事となった。

さらに戦後10年近く続いた南部諸州での「再建期」は、連邦政府による事実上の占領時代だった。知事、議員のほとんどが北部人で占められ「南部」の誇りはズタズタにされた。

この怨念から南部諸州では、長く「リンカーンの共和党」を拒絶し、民主党の天下が続いた。流れが変わったのは、1980年代に入り共和党が「南部戦略」を重視。レーガン大統領候補を担ぎ、保守革命をうたい支持を広げてからだ。

南北戦争時より深刻?

今日の事態は、南北戦争当時よりも複雑、深刻だ。当時は、南北とも一応、州単位でのまとまりがあった。しかし、いまや分裂は各州の中にある。それぞれの州内で「南北戦争」が発生しかねぬ状態といえる。

何故ここまで亀裂が深刻化したのだろう。一言で言えば白人間貧富差の拡大だ。第二次大戦後、アジア新興国が工業生産力をつけ始めると、アメリカの産業資本家は鉄鋼、造船、繊維、自動車など主要産業の生産拠点を次々海外に移転させた。さらに90年以降、中国が改革開放を進め、「世界の工場」となると米国中の家電、日用品製造業まで中国に渡って行った。

結果、90年代からの10数年間で、アメリカ製造業の雇用は、少なく見積もって300万人以上失われた。鉱山は閉まり、工場は閉鎖され町は離散。労働者は、職と希望を失い、ドラッグへの依存を深めた。

他方、インテリ層、IT産業、金融資本家の集まる民主党の基盤、東西海岸地域は繁栄を享受し続けた。

あくなき利益の追求を美徳とする資本主義と、公平と分配を求める民主主義。この両輪がバランスを崩すと格差が危険水域に入り、逆に振れれば大衆迎合的なポピュリズムにおちいる。米国の危険な片肺飛行が続いている。