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「知」に備えあれば憂いなし

河内 孝の複眼時評

河内 孝 プロフィール
慶応大法学部卒。毎日新聞社に入社、政治部、ワシントン特派員、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て退社。現在、東京福祉大学特任教授、国際厚生事業団理事。著書に「血の政治―青嵐会という物語」、「新聞社、破たんしたビジネスモデル」、「自衛する老後」(いずれも新潮社)など。

台湾危機、図上演習のリアル度
-米中 心理戦争の虚実-2023.02.21

2月4日、米軍機が米上空で中国のスパイ気球を撃墜した。2日には、CIA長官が公開の席で「習近平主席が2027年までの台湾進攻準備を軍に指示した」と語った。

きな臭さが高まる中、米戦略研究所(CSIS)が行った台湾攻防ウォー・ゲーム(図上演習)が注目されている。1月9日、「次の戦争、最初の戦闘」と題して公表されたものだ。

国内各紙も取り上げ、テレビのワイドショーでも特集したから、ご存じの方も多いだろう。例えば日経1月12日付は、こう書いた。「大半のシナリオで中国は台湾制圧に失敗したが、米国や自衛隊は多数の艦船や航空機を失うなど大きな損失を出す結果となった」。

損失は? 4週間余りの戦闘で米軍は原子力空母2隻を含む艦船7〜20隻。航空機168〜484機。人的損害も行方不明者を含め約1万人とされる。

日本は、国内の米軍基地が攻撃され、安保条約第5条により参戦する。自衛隊は、航空機、112〜161機、艦船26隻を失うと推定。戦闘機のほとんど、保有艦船137隻の約20%を失う計算だ。意図的かどうか、自衛官、民間人死傷数に言及はない。

中国側は? 航空機155〜327機、艦船138隻を失い死傷者は地上戦で7000人以上、海上で7500人が戦死、ほかに捕虜、行方不明が約3万人出ると推定している。

この損失、特に米国威信の象徴である米原子力空母2隻沈没という推定を見て、「アメリカが本気で参戦するとは思えない」と断じる評論家もいる。しかし、各紙、専門家を自称する人たちが見失っているのは、「民間研究機関が何故、この時期に図上演習を行い、詳細を公表したのか」という意図についてである。

演習に参加したのは、元米空軍中将、米海軍大学教授(元艦長)、同主席研究員(ゲーム理論)、マサチューセッツ工科大学院の中国軍専門家、防衛戦略プログラマーなど十数人。

言い換えれば米軍事戦略のプロが米政府、軍が表向き言えないシグナルを中国に送っていると見るべきだ。そのサインとは?

出席したパネリスト全員が繰り返し強調したのは、「この研究は、戦うための演習ではない。どうすれば中国の(無謀な)試みを抑止できるのか」という点だった。

米国、必死の説得工作か?

純軍事的に見ると、この演習には不思議な点が多い。まず、米軍の中国本土攻撃と、与える被害推定がない。

開戦初日に中国のミサイル攻撃でグアム駐留の米軍機、日本国内で自衛隊機の8〜9割が失われると想定している。当然、これに対し米、台湾軍は、空軍機とミサイルで中国本土に反撃するはずだが、「今回はそれについては演習しなかった」と言う。

恐らく被害推定が「中国の面子をつぶし、核使用の誘惑にそそられかねない規模になる」ため政治判断で不公表にしたのだろう。

次に24通りのシナリオを想定したというが、「中国軍が台湾から撃退された後、どう動くか」が解明されてない。上陸作戦に失敗した中国が黙って引き下がるだろうか。そんな無様をさらしたら批判が噴出、習近平政権は持たない。

だから習近平としては、全力で台湾海峡を封鎖し、台湾経済を締め上げ、中東、大洋州から日本、米国への通商路もブロックして戦争を継続せざるを得ないだろう。

結果、「最初の戦闘が次の(核)戦争」に発展しかねない。この研究は、中国に台湾軍事侵攻のリスクをデータで示し“そうしないよう脅しというより必死に説得”していると見るべきだ。

米政府も演習で指摘された米軍の弱点、基地の多様化(フィリピン使用)、長距離ミサイル増産に動く。一連の動きは官民、歩調を合わせた対中工作である。

この演習と詳細の公表は、ウクライナ戦争の教訓だ。ロシア侵攻直後、バイデン米大統領は、「米国は、戦争に介入しない」と過早に発言、大きな誤解と批判を招いた。米将兵が命を賭ける台湾危機で、それは避けたい。

心理戦は、もう始まっている。