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「知」に備えあれば憂いなし

河内 孝の複眼時評

河内 孝 プロフィール
慶応大法学部卒。毎日新聞社に入社、政治部、ワシントン特派員、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て退社。現在、東京福祉大学特任教授、国際厚生事業団理事。著書に「血の政治―青嵐会という物語」、「新聞社、破たんしたビジネスモデル」、「自衛する老後」(いずれも新潮社)など。

外交が票になる時代
-明治以来の国難か?-2023.06.11

WOWOWで放映中の「永楽帝」が面白い。中国明代(1363〜1644年)の最盛期を築いたとされる皇帝の物語だ。明は、長く中原を支配した元を駆逐して漢人王朝を復興した。それだけに漢民族のプライドを鼓舞するのだろう。

さらに三代永楽帝は、南京から北京への遷都、モンゴル高原、ベトナム北部への領土拡大を果たした。とりわけ中国人が最大の偉業と位置付けるのが東南アジア、インド、東アフリカまでの7次にわたる交易船団派遣だ。

出発に当たり永楽帝は、船団を率いるていに次のような訓示を与えたとされる。

「武力を背景に交易を求めてはならない。帝国の威信を示し朝貢(相手国が中華の優越的立場を認め貢物を献上すること)を促すのだ」。こうした政策のもと、日本を含む約30か国との間に朝貢による外交関係が築かれた。

この作品、中国のゴールデンタイムで視聴率一位になったという。娯楽作品といえども共産党宣伝部の指導、検閲のもと作られているのは想像に難くない。

異民族支配からの解放、中央集権制による国家建設、“徳”をもって世界に君臨するという世界観――。作品のメッセージは、まさに習近平政権が目指す中国と中央アジア、ヨーロッパ、アフリカを結ぶ「一帯一路政策による偉大な中国の夢実現」に合致している。

問題は、中国にとって「徳」でも、他国にとっては「脅威」になることもあることだ。これが岸田内閣の支持率と関係してくる。

外患と支持率の関係

長男の公邸宴会でミソを付けた岸田首相だが、政権の支持率は安定軌道に乗っている。

昨年秋、内閣支持率は「支持しない」が47%で、「支持する」の41%を上回った。4閣僚の連続辞任や、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)問題にウクライナ戦争による物価高が重なったためだ。「支持しない」は昨年末、57%という危険水域に達した(数字は朝日新聞調査)。

流れを変えたのが3月22日のウクライナ電撃訪問。中身より危険を冒して戦闘下のキエフに赴き、ゼレンスキー大統領と並んで会見する姿が好印象を与えた。

以後、日米、日韓、欧州首脳との会談を重ねた。仕上げがG7サミットである。主役は、再びゼレンスキー大統領となった。

会談成果としては「ウクライナ支援で一致」以外見るべきものはなかった。しかし、国民向けにより大事だったのは、広島を舞台にG7プラス、豪州、ブラジル、インド、韓国など招待国指導者を交えて繰り広げられた華やかなテレビショーである。

“やっている感演出”は当然だが、それ以上の効果もあった。何故なら国民の間には今、漠然たる不安感が漂っているからだ。

プーチンのロシアは何をするか分からない。北朝鮮のミサイルがいつ飛んでくるのか。中国は台湾への軍事侵攻に踏み切るのか。その時アメリカは本当に頼りになるのか――。

一連の外交ショーは、この不安に「我々は多数派だ。日本は支持されている」とのサインを送り、幾分なりとも和らげる効果があったのではないか。

島国である日本外交の原動力は、「孤立」への恐怖である。英国、米国の支援でロシアと闘い、戦いに勝った結果として中国と朝鮮民族を敵に回した。その米英とも対立し、日、独、伊三国同盟に走り空前の敗北を喫した。

日米安保条約には様々な弊害が指摘されている。にもかかわらず大多数の国民が支持しているのは、世界最強国家と組んでいる安心感による。しかし、この安心感が揺らぎ始めている。

世界の警察官であることを辞めると宣言したアメリカ。その中でどうして国の安全を保つのか。国民は、明治以来の選択を迫られているといえる。

戦後長い間、政界では「外交は票にならない」と言われてきた。外交より選挙区に道路を作り、鉄道を引くことが当選の近道だった。それが今、外交が支持率を上げ、票になる時代に入った。決して喜ぶべき事態ではない。