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「知」に備えあれば憂いなし

河内 孝の複眼時評

河内 孝 プロフィール
慶応大法学部卒。毎日新聞社に入社、政治部、ワシントン特派員、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て退社。現在、東京福祉大学特任教授、国際厚生事業団理事。著書に「血の政治―青嵐会という物語」、「新聞社、破たんしたビジネスモデル」、「自衛する老後」(いずれも新潮社)など。

国葬から見えてきたもの
-国論分裂を越えて-2022.10.11

安倍元首相国葬儀直前の各種世論調査では賛成が40〜45%、反対55〜60%で国論は分裂した。

事件後、何度か胸をよぎったのは帝政ローマ時代の歴史家タキトゥス著「年代記」の一節だ。時代の英雄であったゲルマーニクスが夭折した場面を、「彼が死んで一番嬉しいものが、誰よりも大げさに愁嘆してみせるのだ」(国原吉之助訳)と記録した。

無論、岸田首相が喜んだなどと言うつもりはない。党内保守派の支持を固める策として決断したのだろう。他方、タキトゥスの著述は、リーダーの死が与える衝撃で国が熱狂的にまとまることも、分裂することもあるという機微を教えている。

最近、西欧民主主義国家で、あえて国論分裂を策すポピュリズムの動きが目立つ。アメリカのトランプ政権の誕生と、根強く残るその影響力、フランスでの急進右翼・ルペン派の伸長、イタリアで戦前のムッソリーニを評価する「イタリアの同胞」メローニ党首の勝利などだ。

背景には民主主義と呼ばれる政治システムの機能不全、戦乱、天災による難民、移民の流入と人種間対立、インフレの進行による貧富差の拡大などがある。ネオファシズムとも呼ばれる政治運動は、まず「敵味方」を分けた上で、社会的矛盾はすべて、「敵のせい」と責任を押し付けるのが特徴だ。

階層間の分断を統治手法として使うことは、古くから行われてきた。例えば江戸時代。幕府は士農工商という階級の下にもうひとつ身分を作り、「あれよりはまし」という階級間の敵対感をあおり権力維持装置としてきた。

トランプは、アメリカ南西部の貧しい白人層に根強くある反エリート、黒人差別感情に乗じた。「あなたの暮らしが良くならないのは、ワシントンに巣食うインテリ・リベラルが税金を黒人貧困層に回しているからだ」となじる。返す刀で、「民主党は安い労働力のためメキシコ国境からの不法移民に目をつぶっている。彼らは、あなたの職を奪う」と脅し上げた。

階層間の対立あおる

では日本の分断線は今、どこを走っているのだろう。2004年、わが国の人口は減少に転じた。08年のリーマンショックは、成長神話を終焉させた。停滞する経済下、小泉政権の規制緩和策で世に非正規雇用の若者があふれた。この氷河期世代も今や50歳台を迎える。

複雑骨折した社会構造から生じた分断線が「世代間、階層間」対立だ。さらに、「反リベラル(反マスコミ)」感情も重なり合う。

世代間対立の原因は歴然としている。70歳以上高齢者一人の老後を、15〜64歳の何人で支えるのか。1970年には16.4人だったものが2011年、3.2人、25年には2.4人となる。

「高度成長期にマイホームを建て、年金もフルでもらっている“逃げ切り世代”のため何故、我々が犠牲にならなくてはいけないのか」。憤まんはマグマのように膨れ上がる。

一方で、NHK放送文化研究所の19年調査で「自分はどの階層に属しているか」という質問に10段階のうち5以下(中の下)と答えた人が前回より24%増えた。

慶大の井出英策教授は言う。「安倍政権は中間層と低所得者層の間に分断線を引いた。衆院選挙公約に生活保護一割カットを入れたのがその象徴だ。低所得者層と中間層、反対運動を展開した左翼・インテリ層とそれ以外の間に分断線を入れることが安倍政治の本質のひとつだった」(毎日新聞8月22日)。

これも決して安倍氏の専売ではない。大阪で維新は「赤字の市バス運転手が年収700万円以上」と“親方日の丸ぶり”を攻撃、「中の下」の怒りをあおった。同時に生活保護費の使われ方も批判した。結果、維新は「その間の」人々の強い支持を集め急伸した。

さて亀裂を乗り越える方策はあるのだろうか。当面、できることと言えば格差是正しかない。富裕税、法人税増税、誕生から成人までコストゼロの少子化対策などが急務だ。憲法改正より難しいかもしれないが。