警備保障タイムズ下層イメージ画像

「知」に備えあれば憂いなし

河内 孝の複眼時評

河内 孝 プロフィール
慶応大法学部卒。毎日新聞社に入社、政治部、ワシントン特派員、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て退社。現在、東京福祉大学特任教授、国際厚生事業団理事。著書に「血の政治―青嵐会という物語」、「新聞社、破たんしたビジネスモデル」、「自衛する老後」(いずれも新潮社)など。

イージス・アショアー配備中止2020.9.1

-普通の国への一里塚になれるか?-

河野防衛相によるミサイル迎撃ミサイル、イージス・アショアー配備撤回の判断を評価したい。「すでに追尾用レーダー契約で約200億円の予算を使った」という批判はあり得るだろう。しかし、今後10年間で2000億円以上という配備コストを考えればギリギリ踏みとどまったという感じだ。航空優勢が確立しつつある最中、過去の艦隊決戦を夢見て戦艦大和、武蔵という「無用の長物」を建造した愚挙に比べれば賢明な判断である。

自衛隊の制服組から、「トランプごり押し安倍3銘柄」と総スカンを食っている装備の筆頭がイージス・アショアーだった。ちなみに残りの二つは1機、120億円を超えるF35戦闘機の大量購入と、米海兵隊で退役が進む水陸両用戦車AAV7の輸入(原型が1970年に完成したAAVは地対艦ミサイルに脆弱。三菱重工は新型車両を試作していた)である。この中でF35“爆買い”は将来、空母にも乗せる計画があるからまだ説明がつく。しかし昨年4月、訓練中に起きた墜落事故調査、事故機回収の主役は米軍だった。結局、パイロットの「空間識失調」ということで終わったが、これを機に米軍は「墜落防止装置」の早期装着を進める(日経8月14日)という。「俺たちのパイロットは人身御供になったのか」。自己開発機でないことの無念さが空自に残る。

さてイージス・アショアー配備撤回の決断は評価するが、「ミサイルブースター(補助推進装置)が基地外に落下する恐れがあるため」という理由付けは話にならない。イージスミサイルSM―3の第一段ブースターは長さ170センチメートル、直径53ミリで人体ほどだ。これが落下して起き得る被害と、敵ミサイルが命中した場合の被害では比較にならない。高射砲を撃てば砲弾、破片は必ず地上に落下する。これがいやなら防空戦は成り立たない。ロシア、中国、北朝鮮が開発、配備を進めるミサイルは、従来の放物線を描く弾道式でなく低空で目標に接近、軌道も変えられる上、超高速だからイージスの迎撃ミサイルでは対抗できない。これは技術的には正しいが、戦略抑止論としては成立しない。

完全な迎撃はありえない

中国は、射程500〜5000キロメートルの弾道ミサイル、巡航ミサイルを約2000発保有している。北朝鮮も射程1500〜2000キロメートルの準中距離ミサイルを200〜300発配備している。米ハドソン研究所の村野将研究員によるとイージスSM―3の1発の値段は20億円。これに対しノドン一発は約4億円だから防御側の負担が非常に大きい。しかもイージス艦が同時に対処できるのは理論的に3〜4発だから新型だろうが旧型だろうが同時に50発100発と撃ってきたら現在5隻の海自イージス艦、全国16か所の地対空パトリオットミサイルでは対処不可能だ。

「だから敵基地攻撃能力を持て」という議論が出ている。本気でやるなら容易でない。固定目標なら時速800キロメートルのクルーズミサイルで叩けるが中国、北朝鮮のミサイル主力は車両に乗って自由に動く。これを攻撃するためには(1)航空優勢を確立してレーダー網、対空ミサイル陣地などを無力化する(2)攻撃機の誘導ミサイルで基地、車載ミサイルを破壊する(3)敵のさらなる報復攻撃に備える――ことが必要になる。

戦略的抑止とは、相手が攻撃に出れば「耐え難い損害」を与える確実性だ。日本が通常弾頭でいくら基地をたたこうがロシア、中国、北朝鮮にとって「耐え難い損害」にならない。

新米大統領に改めて、「日本に対する核、非核攻撃に米軍は、あらゆる軍事力を躊躇なく行使する」と言わせるか、最速、半年間で可能といわれる限定的核攻撃能力保有に乗り出すしか選択肢はないだろう。普通の国になるとは、そういうことだ。